4月12日 高円寺スタジオDOM
 激しく地団駄を踏みながら入場。ビート再生。タイトなスケジュールの中でライブを行わねばならないので、挨拶をかねて準備をする過程もすべてサウンドパフォーマンスアートとして表現。定型ラップ、定型後韻「ごり押しで感受していけ」を客に執拗に叩きつける。前韻は「前略」。「前略おまえとおまえとおまえとおまえのみに叩きつけてやる!渋谷!」
 BOSSのコンパクトエフェクターの写真を貼りつけ、マジックで書いた線をシールドにし、そのすべてを直列つなぎにした模造紙(これがとにかくかっこいい)を楽器にみたててボイスパフォーマンス。「もうエフェクターなんか必要ないのよ」といって、川染喜弘というフィルターを通じて声が千変万化する。歪み系から空間系まで見事に声を使い分ける。ディレイを口で表現しながら、即興身体ダブを演奏する。「ビートとダブでポリリズム感じていこうぜ!」発生する音声にディレイを重ねながら、リリックを叩きつける。
 「一日八時間立ち続ける仕事をするおっさんのバイブレーションがわかるか?彼は俺がスーパー行ってる時も家にいるときも立ち続けてる。そのバイブレーションがお前らにわかるか?どんな音楽が詳しいレコード屋の店長よりも、どこかの年老いた大御所作曲家よりも、そのおっさんがサイケデリックだと言わねばなるまい。一日八時間立ち続けて、休憩は昼の三時に十五分だけ。給料はすべて家賃と生活費に消えてゆく。機材は買えない。金も時間もないなかで、音楽を行う。立ち続ける間ひたすら考える。俺も八時間立ち続けている。芸術は結果より過程が重要だ。もしこのおっさんのような過程を通じて、用意できるものが稚拙極まりないザラザラしたものだけだとしよう。これしか用意できなかったんだ。その時、そのザラザラしたものから放たれる音色は本当に美しい。(ピックアップでザラザラしたものをこすりながら)美しい……」
 何度も執拗にリリックを繰り出しながら、「これは決してお涙ちょうだいでいってるわけじゃないんだ」と補足する。そして深刻な表情でザラザラしたものをザラザラし続ける。
 それまでに行われたリリックやコンポジションに、口エフェクターが重ねられる。声が擦れてしまうがそれさえも利用して演奏を展開する。
 ホーミーしりとりについてのコンポジション。単語の語尾をホーミーで繋ぎ、ホーミーが続いている間に次の単語を言わねばならない。倍音が出ていない場合は失格となり、罰としてそれまで積み重ねてきた国民年金がすべてなかったことになる。また、ホーミーの音が「ウィ」になる場合は、それが語尾となり「ウィ」で答えなければならない。「ま、いわゆるウィ責めってやつだ」
 しばらくホーミーし続け、客に「ウィ」で始まる言葉を放り込むよう支持。6単語ほど出てきたとこれでホーミーはいよいよ本格的な様子を示し始める。と、客から放り投げられた「ウィー・アー・ザ・ワールド」という単語に反応し、勘違いした川染喜弘が「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」を熱唱する。
 熱唱によって客が完全に引き付けられた瞬間を見計らって、ドラムマシンからビートを再生し、ジャミロクワイもかくやというようなぶかぶかの帽子を口元まで深くかぶり、極上のビートに乗せて幼少期のエピソードについて歌う。しりとりのコンポジションからこのコンポジションへ移動するタイミングはまさに完璧で隙がなく、どのようにも記述できない。
 幼少期のエピソード。以下を甲高い声で歌いながら踊り、物語る。口エフェクターも大放出する。)ゲーセンで母と父が大喧嘩し、母が気を回して川染少年にゲームで遊んで待つように言う。しかし、母親のサイフには五千円札しか入ってなかったので、川染少年にゲームをやらせてやれない。父が持っている百円を喜弘に渡してやってくれないか、と母は懇願するが、交渉ははねのけられる。目下喧嘩中であるためだ。どうしてもダメか?ダメだ。しかし、母は五千円札を百円玉とトレードしてしまう。「こんな不条理な取引はない!」母と父は少なく見積もっても三時間は喧嘩するだろう。その間、一枚の百円玉をつかって暇を潰さなければいけない。川染少年はさがした。百円玉一枚で長く遊べるゲームをさがした。そして「おさるのかごや」というゲームに辿り着く。それは選んだ選択肢によってどんどん進んでいくゲームだ。しかし、選択したものがもし「かに」であった場合、そこでゲームは終了してしまう……。「(腕を開いて閉じてしながら陽気に)おっさるの、かごや!おっさるの、かごや!」そして川染少年が、家計が苦しいなか捻出された母の五千円札と引き替えに手に入れた百円玉を使って、三時間の暇と格闘するために「おさるのかごや」をプレイする。しかし……「最初に選んでしまったのは……カニ!」
 以上のような物語を十分近くしっぽりと歌い上げ、しっかりとオチまでつけてライブ終了。

4月28日 高円寺円盤
 ズボンからはみ出させたチャラチャラしたアクセサリー類を、強烈な足の踏み込みによって鳴らしながら入場。「(腰を突き出して、太もも辺りのポケットからはみ出たアクセサリー類を指差して)パンクの人がよくこうやってズボンから出してるでしょう?あれをカバーして入場したんだ!」サンプラーからビート。
 今回の前韻は「拝啓」。定型ラップ「拝啓、おまえら今日もラッキーでハッピーで行っちゃおう、ヨッケー。拝啓、おれのライブを一瞬でもつまらないとか思ったら、それはお前たちの感受性の敗北なんだよ!」
 サランラップのカット部分をドラムスティックでこするコンポジション。「もう、仕事仕事仕事で………それこそカメラ!カメラ!カメラ!で……!!!(チックチックチック)でヤーヤーヤーなわけですよ!それで今日はこれだけしかコンポジション用意できてないのだが、何度も言うように芸術は結果ではなく過程なんだよ!このサランラップを持ってくるまでにどれほどの過程が含まれていることか!仕事、仕事、仕事でカメラ!カメラ!カメラ!で!!!(チックチックチック)でヤーヤーヤーなわけよ。いいだろう、これだけで、これ『のみ』で世界ツアーしてやる!」
 演奏中椅子に座ろうとしたら椅子がなく、激しくしりもちをつくチャンスオペレーション。
 登録制バイトの会社名を考える。反復。「Jワーク、ヒューマントラスト、テアトルアカデミー、Jジャパン、Jワーク、ヒューマントラスト、テアトルアカデミー、Jジャパン、Jワーク、ヒューマントラスト、テアトルアカデミー、Jジャパン!いいか、ゴリ押しで感受していけ!お前たちの感受性と登録制バイトの会社名の戦いなんだ!お前たちの感受性と登録制バイトの会社名が激しくぶつかり合うところに生じる究極の芸術を確認していこうぜ、渋谷1994!」
 「いやな上司いるよね?よし、体験型現代美術行っちゃおう。今からいやな上司やるから働いてみよう。」といって客をその場で雇用、労働させ、苦言を呈し続ける。(ちなみに僕が働きました。非常に理不尽な仕事&叱責でした。よかったです)
 ヘルメットに歯ブラシを取り付けたものを半かぶりしながら、限りなくやさしい声と優雅な身体所作で「カイワレ大根 初めて食べた人 辛すぎて 毒があるって 思わなかったかな」と言い続ける。カメラトラブル中も反復し、乗り切る。同じ口調で「待とう マイクがない いいんです カメラトラブル 待ちましょう なんとかなります」さらに、「横浜の 一つか二つ前にある 反町を たんまちではなく そりまちと読んでしまった そんな人がいっぱいいるんじゃないかな」も。  左右に置かれたスピーカーから同時に音を出すとき、大きいほうの音を耳が拾ってしまうハーシ効果を利用したコンポジション。体験型現代美術その2。客――それも円盤に入場したばかりの何も知らされていない客――をアンプの挾間に座らせてハーシ音を出そうと躍起になるも、うまくいかない。アンプの不調でハーシ効果以前に片側からしか音が出ない。
 「どうすか?どっちから聞こえる?こっち?実は(と、一方のアンプを叩いて)こっちからも出てるんスよ、音。さあ、音量大きい方のゲインを切ってみよう。……あれ?……音、出てねえじゃん!おい、ちょっと待てよ(両側のアンプをいじりながら)どっちから聞こえる?!こっち!むしろこっちからしか聞こえないよね!ところが(と、音が大きい側のアンプの音を絞る)……あれ?」
 しばしこれを繰り返す。十分近くうまくいかなかったが、あきらめずに何度も挑戦し、ついにハーシ効果が発生、喝采。「協力ありがとう」といって客と握手するも、すぐには解放せず、「横浜の 一つか二つ前にある 反町を たんまちではなく そりまちと読んでしまった そんな人がいっぱいいるんじゃないかな」などラップする。「これがハーシ効果を利用した前衛ラップ、ハーシラップだ!」
 アンプのボリュームとゲイン、どっちをあげたでしょうかクイズ。正解者には賞金として一円が渡される、というルールで始まるが、例によって脱線していく。「おめでとう、一円ゲット〜。さて、このあと挑戦し正解すると一円が二円になり、間違った場合、0円に戻ります。どうしますか?挑戦……あ、挑戦しない。いや、ちょっとそういうのはできないですね、ハイ。それではボリュームとゲインどっちをあげたでしょうかクイズ〜!(ノイズ)さあどっち?……ボリューム、不正解!さあ、もう一度チャレンジすることで一円を取り返すことができます。しかし、不正解の場合、僕のほうに一円を放り込んでもらうことになっているのですが、お金は大丈夫でしょうか?一円もとられたら帰りの交通費なくなっちまうよ、と。やべえぞ、と。(傍白)う〜ん、一円は欲しい。欲しいがしかし、もしも正解できず一円を巻き上げられてしまったら帰りの交通費がなくなってしまうのだから、まったく悩むぜ!(客にむかって)さあどうする!一円いっちゃう?いっちゃう?よし行っちゃおう!正解したら一円はお前のものだ!(立て続けに正解)次は三円にチャレンジだ!間違ったら一円に逆戻りだぜ!(ノイズ)(が、突如音をとめ客を見据える)おい、隣のお前、入れ知恵しただろ!お前は強制参加だ!よし、七円行こう!正解したら七円、間違えたら六、あれ?五?とにかく没収されるんだ!」
 会場に居合わせた客の携帯の着信音を今後すべて川染の楽曲とするコンセプチュアルアート。逐一報告しなければならない。「(電話を耳にあてて)もしもし?川染さんですか?いやあ、今日メールきて携帯鳴ったんですけど川染さんの曲やばいっすね、ハイ。」朝の新聞配達のバイクの音も、川染喜弘の楽曲であると規定される。「不眠症で朝まで起きてしまったお前に、バイクの通過音が訪れる。それはおれの楽曲なんだ!川染さんの楽曲のせいで朝が来るたびプレッシャーと不安っスよ」他に何かないか、と客に尋ね、客の返事に難聴で返す。それを反復する。「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」「隣の部屋の」「あ?」
 「こんな俺でもこんなに頑張れてる。戦闘力でおれに勝るおまえらにできないことはない。こっちは小人が十人集まってやってるようなもんなんだ!ありがとう川染喜弘でした!」

4月30日 武蔵小金井アートランド
 1回目
 リハーサルが押し、時間に追い詰められ、入場のコンポジションをやり忘れるほどてんぱった状態でライブ開始。サンプラーからビート。定型ラップを叩き込む。が、後韻、前韻についての口上は無し。外人の客が多かったので、片言英語でラップする。
 「アイライクベースボール!アイライクベースボール!アイライクテニス!アイライクトマト!オッケー、(外人の客を指差しながら)ソニックユース来てくれちゃってます!アイライクベースボール!アイライクテニス!キャンアイスピークマイバイブレーション!モチベーション!バイブレーション!(外人を一人一人指差しながら)紹介します、ソニックユース!ペイブメント!ジーザス&メリーチェーン!(と、ジーザス&メリーチェーンと名指しされた外人の方へ向かい、激しく抱擁し)イエーイ!ジーザス&メリーチェーン、の、ギター!オッケー、行こう!(再び外人を一人一人指差しながら)ソニックユースのベース!ペイブメントのドラム!ジーザス&メリーチェーンのギター!来てくれちゃってます!ジョンスペンサーブルースエクスプロージョン!」
 よりよい過程(ライブに至るまでの人生の道のり)がよりよい結果を生む、と主張し、先日と同じく「仕事仕事仕事、!!!(チックチックチック)、でヤーヤーヤー、ビートルズがやってきた!なわけよ!」と何度も繰り返し発生する。
 「仕事仕事仕事、チックチックチックでヤーヤーヤーでビートルズやってきた挙句に(と、言って会場の座布団を手に取り)このコンポジションしか用意できないとき、お前らにその美しさがわかるか!」
 体験型現代美術『客をその場で雇用して労働させる』再び。今回は椅子をA地点からB地点へ、そしてB地点からA地点へと運び続ける仕事。その音をピックアップが拾い、さらにディレイを通じてアンプリファイされる。先日同様、まず理不尽な上司Aが登場し、バイトにきつくあたる。(その過程で、「バイトしながら、さらに弟子にならないか」というコンポジションも追加されるが、これは第2セットで見事に伏線が回収される)そこに、一見物腰柔らかいが本質的に上司Aと何も違わない上司Bが登場する。上司Aは「ディレイタイムを185に変えろ」と指示するが、上司Bは「ディレイタイム34でいいよ」と指示。雇用された客は、二人の指示の間で板ばさみになってしかられ続ける、というわけ。
 「(上司A)これ、さっき言ったよね?お前馬鹿にしてんの?なんでディレイタイム34になっちゃってるわけ?」「いや、さっき別の方が来て34でいいっていうので……」「は?あいつの言うこときいてんじゃねえよ。ここはおれが仕切ってんの」「あ、じゃあさっきの方よりあなたのほうが偉いということですか?」「それはどうだっていいんだよ。しゃべってんじゃねえよ。仕事しろよ」「すいません」「(上司B)あ、さっきも言ったけど、これ34でいいから」「いや、そうなんですけど、さっき別の方に怒られちゃって」「あ、あいつ?あのロン毛?ははは、いや、34でいいよ。ここ仕切ってるのおれだから、うん。34でやって、うん。おれからもあいつに言っておくからさ。っていうかもう伝わってるはずだからさ、うん。とにかく仕事しちゃってね」「はい」「(上司A)おい、おれさっき言ったよね?なんで34にしてんだよ!お前なめてんのか?」「いや、それがかくかくしかじかでして」「あいつの担当ホールだからおれの言うことを聴けよ、ばか!」「すいません」「(上司B)いや、だからさ、34でいいからね、早くちゃんと仕事してね」「いやそうなんですけど、さっき例の方がかくかくしかじか」「あ、ホールってここ全部のことだから、うん。おれがホール担当っていうのはそういうことだからね、うん」
以上のようなやり取りがほとんどエンドレスで展開する。
 仕事はさらに続く。照明の傘の骨格を持たせて叩き続けるように指示。鉄とピックアップが触れる音がディレイで増幅。「おい、それ高いんだから慎重におけよ、ばか!」「いや、置き方聞いてないんですけど」「口答えしてんじゃねえ」四拍子に一回、ホーミーコラージュしながら作業しろと、無理難題を仕掛ける。その一挙一動に荒れ狂って注意しまくる。「倍音出せよ。ちげえよ。伸ばしすぎだよ。一瞬でやれ。倍音も出せ。四拍子に一回だ。倍音出せよ」叱りながら、ミキサー方面に走り去る川染喜弘。CDプレイヤーから消防車の効果音を鳴らす。急いでステージに走り戻ってくると、消防車のミニカーを消防車の音をBGMにゆっくりと前後させる。しばらく、バイト氏の出す音と、救急車の音、ビート、尻を突き出しながら横になってしかめっ面でミニカーを走らせる川染喜弘のミニマル演奏が続く。
 F1の走行音を流しながら、ミニ四駆を手動で走らせる。エンジンをふかす音から、スタート、疾走まで、は先ほどのミニカー演奏と同じだったが、高速で眼前を通過する音のあたりから変化が訪れる。右から左にパンニングするF1の音にあわせて、客の顔面周辺でミニ四駆をもった右手を勢いよく振りぬく身体的パンニングへと移行する。「舞踏超えていっちゃおう」という宣言どおりに、通過音と、通過音と通過音の間で繰り広げられる川染喜弘の身体性が頂点に達してしまう。壮絶なレース(スピンなどもあった)の末に、最終コーナーを曲がりきったところで第一回目のライブセット終了。

 2回目
 ほとんど音を立てず、限りなく静かに登場。ゆっくりと椅子に腰掛け、泰然とした態度でしゃべりだす。一語一語発しながら的確に手を動かす。その身体所作が実に見事というしかない。
 「どうも、川染喜弘です。みなさん、今日はお越しくださいましてありがとうございます。さて、一見MCにとられてしまうこのしゃべり。実は……これはしゃべりではないのです。電子音楽、エレクトロニカなのです。わかりますか。もし、これをMCだと捉えてしまった場合、それはあなた方の感受性のミステイクになりますから、肝に銘じておいてください。さて、僕がいま、このようにしゃべっているのは、決してMCではないということは、もはや疑うべくもありませんが、なぜ、僕がこのような演奏をエレクトロニカと言うのか。それについて少しばかり説明を加えようと思います。僕が、小学生のころ。書道の、いや、習字の先生がいたのですが、僕はこの習字の先生のしゃべりがあまりに気持ちよすぎて、絶対に眠りに落ちてしまうという子供でした。『川染くん、寝ないで……』そういう先生の声で僕は更なる眠りに落ち込んでいったものです。後年になってあの気持ちよさはエレクトロニカである、と思うようになったわけです。あの習字の先生の声の音色には、音楽の諸要素、音量音階リズムハーモニー定位などが存分に含まれていたのです。(ここで、途中入場してきた客から『あれ、ライブ始まってる?mc?』という声が飛ぶ)さっきも言いましたが、一見MCにとられてしまうこのしゃべり。実は……これはしゃべりではないのです。もう一度同じ話をしましょう。これは、サンプラーで例えるところのループ機能を使っているということになるでしょうか。僕がいま、このようにしゃべっているのは、決してMCではないということは、もはや疑うべくもありませんが、なぜ、僕がこのような演奏をエレクトロニカと言うのか。それについて少しばかり説明を加えようと思います。僕が、小学生のころ。書道の、いや、習字の先生がいたのですが、僕はこの習字の先生のしゃべりがあまりに気持ちよすぎて、絶対に眠りに落ちてしまうという子供でした。『川染くん、寝ないで……』そういう先生の声で僕は更なる眠りに落ち込んでいったものです。後年になってあの気持ちよさはエレクトロニカである、と思うようになったわけです。あの習字の先生の声の音色には、音楽の諸要素、音量音階リズムハーモニー定位などが存分に含まれていたのです。」
上のような話が、30分以上展開される。静謐な演奏。
 ビートをサンプラーから出しながら、「言葉にフロウを加えていこう」といってゆっくりと椅子から立ち上がり悠然とラップを始める。後韻は『だ、ぴょ〜ん!(ぴょ〜んの主観に手を大きく広げ、片足を外側へと上げる)』「今日この川染喜弘プレゼンツに来てもらったからには、お客様にハッピーでラッキーになって帰ってほしいんだ、ぴょ〜ん!うわ、こんな芸術があったんか、まだまだいけるぜって思ってほしいんだ、ぴょ〜ん!」
 どのようにしたら人生がエンジョイできるのか、ということのレクチャーが始まる。偶然、アンプの電源が入り、ノイズが発生するのを見、爆笑する川染喜弘。電源をオンオフしながら爆笑し続ける。「箸が転がるだけで笑ってしまうお年頃、というけども、そういう風に人生をエンジョイしていったらいいんだ、ぴょーん!」と言いながら何度も電源をオンオフする。アートランドの店長に照明をチカチカさせてクラブっぽくするように要求する。先ほどのバイト氏を呼びつけて、タバコを吸いながら踊るように指示。その吸い方も厳密に吸わねばならない。それは以下。 「上を眺めて光を見ながら、真上に煙を噴き上げ、その煙越しに光を眺めてサイケデリックな幻視をし、興に乗ってきたら両手で三角の隙間を作りその隙間から光を眺め、しばし黙視した後、ターザンがやるように手を口にあてて『オホホホホホ!』と叫ぶ」
 オンオフしながら爆笑する川染に、点滅する照明、クラブの形態模写をするバイト氏の三位一体で完全にレイブになる。そして、バイト氏の『オホホホホホ!』で会場のボルテージは上り詰める。さらに、外人の客に「おつかれ〜い。どったのどったの〜、リミックスアルバム良かったよ〜」と言いながらバイト氏に近づくよう指示するも、日本語がうまく伝わらなかったので「ヘイ!トランスボーイ!」に変更される。続いて、別の外人にホーミーをし続けるように指示し、いよいよレイブ会場が混沌を極める。一通り盛り上がりついに終了する、と見せかけて、川染喜弘が間髪いれずにトルシエコールを要求する。招聘した三人の男と飛び跳ねながらトルシエコールをし続け、どんどん盛り上がり続ける。
 無限に続くようなトルシエコールをいったん中断し、「と、このように人生をインジョイしていけばいいんだよ、エンジョイしていけばいいんだ、ぴょ〜ん」といって、元の文脈に軌道修正する。
 サンプラーを叩きながら「おっと手がすべった」を反復する。
 サンプラーから『バックします、ご注意ください』という音。それにあわせて消防車のミニカーをゆっくりとバックさせる。ここで再びバイト氏が呼ばれ、バックし続けるように指示する。
 「お前は、今日一日限りおれの弟子でもあるのだから、おれの言うことを聴け!違う!そんなバックで言いと思ってんのか!ちゃんとやれ!そして笑顔でやれ!(いったん壁際までバックすると)よし、Uターンして来い!そうだ!バックしろ、バックしろ!(バックする道に座布団を投げて)さあ、障害物だ!関係ない、バックしろ!この壁を乗り越えて、お前の貧弱な精神にメスを入れるんだ!バックしろ!バックしろ!笑顔で行け!(座布団を超えた瞬間さらに行く手に座布団を投げる)さあまた障害だ!人生ってこういうもんなんだよ!どん底のどん底を超えていくんだ!さあバックしろバックしろ!(超えるが、さらにもう一枚座布団が追加される)また山だ!障害を乗り越えた先に、また障害、人生ってこうだよなあ!どんどん乗り越えていこうぜ!(さらに激しい応援の中、三個目の山を乗り越えていくバイト氏、さらに座布団が投げつけられ)まだ、あるんだよ。人生はいつだってそうさ!でも……今までお前が歩んできた道のりを振り返ってみろよ……(道を振り返るバイト氏)お前が超えてきた山が見えるだろう。以前のお前だったら、一つ目の山で諦めていた。しかし、お前はいま、エンジョイしながら三つも山を越えて見せた!さあ、四つ目だって超えていこうぜ!これはゲームだけどな!バックしろバックしろ!皆さんからも声援を!あと面白さを追求したいので、たまに罵声、『もう無理だろ』とかそういうのも投げかけてください!よっしゃ、バックしろバックしろ!(叱咤激励飛び交うなか、ついに四つ目の座布団を乗り越えるバイト氏、その消防車の行き先になんと川染がコップを置く)どうよ。今までにないタイプの障害だ。人生とは往々にしてこうなんだ。常に同じ障害ばかりがあるはずないだろうが!ここでお前は諦めてしまうのか?コップを越えてみせろ!バックするんだ!」
 ついに、コップをも乗り越え、会場が大歓声を上げる。再び、トルシエコールが要求される。会場がトルシエコールで満たされる中、川染喜弘プレゼンツ全出演者による演奏が加わり、壮大な祝祭空間が創出される。残り時間一杯まで、トルシエコールするもの、川染喜弘とチークダンスを踊るもの、ノイズを出し続けるもの、何かを叩き続けるものなど、おのおのがそれぞれの方法で楽しんでライブ終了。
 ライブ終了後も、川染喜弘による身体パフォーマンスが繰り広げられた。


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