1月26日高円寺円盤
 静かな立ち上がり。「さて、今日の一曲目も《準備》です。準備中に発生する具体音を楽曲として捉えてほしい、そして、準備の際に生ずる身体の動き、これもまた作品として提示しているのだから、この川染喜弘の身体から究極の芸術を感受してほしい」といってライブ開始。ゆっくりと機材の準備をする。「すいません、マイクもう一本出せますか?出せ、る。あ、ありがとうございます。このPAさんとのやり取りをも作品として捉えてほしい。(PAの人がマイクの入った袋を開けるジッパーの音を聞いて)フー!最高の具体音を鳴らしてくれちゃってマス!PAだ!(PAが次にする行動を見極めんと過剰に凝視する)(マイクとケーブルを繋ぐときに《カチッ》という音が発生)(それを聞いてその場でダイブしてシャウトする川染)イエーイ!そろそろ準備を終わりにしよう。実のところ、三分の一、いや五分の一しか準備は終わっていないが関係ない。はじめよう。オッケー、いこう!」
 シーケンサーからビート。「川染喜弘だ!お前ら今日もラッキーじゃ!ゴリ押しで感受していけ!今から約一時間、少々ヘンチクリンな音楽をお前たちに叩きつけるかもしれない……たとえば、この川染喜弘の演奏から、何か邪悪な意志、悪意を感じ取る人もいるかもしれない。まあそういう邪悪さのようなものはこれからなるべく取り払っていくつもりではいるが、万が一、いや、マンガイツ、読み取ってしまうというお客様もいるかもしれない。違うんだ!俺はハッピーでラッキーになれるようなメッセージを混めてパフォーマンスしているんだ!だから、お前たちは俺のライブを見て幸せになって帰れ!一分一秒を楽しんでいけ!今から縁起でもないことを言うが、この後交通事故にあって死ぬ可能性だってゼロではないんだ!絶対にそれが起こらないなんてことは誰にも言えないだろう。オッケー、行こうぜ渋谷ーッ!そして、俺はいま、かなり重要なことをお前たちに告げ忘れていた。実は……《今日やるつもりだった楽曲》のために必要な道具、機材を、なんと9割忘れてきているんだよ!そうとうやりたかった……!明日突然死んでしまう可能性がゼロではないのだから、そのときやりたいと思った楽曲をやれないことは本当に悔しいんだ!9割やぞ!この逆境!でもな、残り一割でなんとかなるぞ!むしろ、今までもこういうことは何度もあったワイ。残り一割で宇宙に言っちゃおうぜ渋谷ーッ!逆境おいしい!逆境はチャンスなんや!逆境めちゃくちゃおいしいぞーッ!」
 携帯電話のプリセット音源を鳴らす。西部劇のようなサウンド。そのサウンドを聞いて突然思いついたのか、指で拳銃の形を作ってシーケンサーの内臓音源からピストルの音を二発鳴らし、それを機に突然前衛オペラが開始する。「いま何発撃った?」「1発だ」「(シーケンサーから3発の発射音を鳴らして)じゃあこれは?」「2発だな」「どうやらお前は物事を一つ少なく数える傾向にあるらしいな!」「なんだと?」と、もはや定型文と化した陳腐な揉め事を展開。しばし打ち合いと口喧嘩を展開し、やや盛り上がってきたあたりで「ここで波形編集!」と叫んで中断する。「これから、前衛オペラの最中に登場するサウンド、登場人物、設定、あらゆるものを素材として捉え、デスクトップで波形編集するようにどんどんカットアップコラージュを施していく。それがこの前衛オペラにおける《波形編集》だ!カット!カットカットカット!まず、この打ち合っているAとBの男たちのうち、Bの持っている武器を《ピストル》から《ヘリコプター》に変えてしまおう」銃撃戦が、一方は銃、一方がヘリコプターの音になり、会話にズレが生じる。
 「この、Aの身体をカットアップしてしまおう。そうだな、まず指を切り落としてしまおうか。そして、指の先についている爪、これをBの武器としてコラージュしよう。こうしてBは《爪を投げる男》に変化した。さらに、Aが乗っていた馬……この馬の美しい毛並みをBの背中に移植しよう。一本だけ頭皮にコラージュするのもいいかもしれないな。」「(爪を投げる動作)くらえ!」「なんだこいつ……爪を投げてきやがる……それにしても背中の毛並が美しい奴だ!」「さて、ついてこれないお客様の頭の上に《?》が浮かんでいる。この巨大なクエスチョンマークをAの頭上にコラージュしてみようじゃないか。(疑問にかられたAが白痴の表情を浮かべて)あれー?????」《全てに疑問符がついた男A》と《馬の毛並みを持つ爪投げ男B》という設定でしばらく対話が行われるが、会話が一切成立しなくなる。
 「いまは俺たちが争っている場合ではない。俺たちには倒すべき敵がいる。そして、貧困の村々を救わなければならない……これがこの前衛オペラの簡単なあらすじですが、この貧困の《村々》の部分をカットし、かわりに《DVテープ包装用のビニール袋》をペーストしましょう。俺たちには倒すべき敵がいる、そして貧困の(ビニールをくしゃくしゃやる音)を救わなければならない……」「どんどん難解にしてやるぞ!」という川染喜弘の言葉を前衛オペラの中にコピー&ペーストする。「どんどん難解にしてやるぞ!」「いや、俺たちが争っている場合ではない。俺たちは貧困の(ビニールくしゃくしゃ)を救わなければならないんだ。」「なるほど」この《なるほど》に波形編集を施す。「なるほど」全体にループ、「る」にディレイ、「る」と「ほ」の間に一秒の無音を挿入し、「ど」は逆回転再生させる。その説明中に起こった客の笑いを、「な」と「る」の間に挿入する。「俺たちは貧困の(ビニールくしゃくしゃ)を救わなければならない」「(エフェクトのかかった)なるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほど」演者である川染が混乱してしまう。何を挿入したらいいか、客に尋ねる。《ネギ》という単語を指定されたので「ネギをスライスする音にフェイザーをかましてうねりを与えたものに鼻を啜る音を添えたもの」をさらに挿入することにし、より混沌さが増し、さらに混乱する。  混乱した川染喜弘が突然機材袋の中から缶ビールを取り出し、それを一口飲む。いきなり酔っ払った演技をして、酔拳が始まる。「(段ボールを激しく殴打しながら)如果不是在我争。我有推倒人!(ニセ拳法としか形容できないポージングをしながら)必解救困的乙脂起〜(缶ビールを一口すすって)施波浪形(奇声をあげながら段ボールをボコボコにして)不断解做!(段ボールの中に四肢を畳み込むように挿入して内側から破壊しながら)?!」二十分ほど段ボール相手に一人で喧嘩する川染。ボロボロにされた段ボールの一つを手にとって「この直角に折り曲げられた段ボール。この段ボールに芸術であるという意味をあたえ、造形作品、ひいては一つの美しいインスタレーションとして提示する」といって椅子の上にその段ボールを展示する。
 紐を取り出して何か演奏をしようとしていたのだが、紐がもつれてうまくいかない。その《紐のもつれ》を登場人物の脳にカット&ペーストさせる。新しい登場人物混乱と共に登場。「俺の脳味噌のなかは(絡み合った紐の球を手にとって)これなんだ!何もわからない!頭のなかがこんがらがって何も考えられないでいる!俺の頭の中は紐のもつれなんだ!」
 タバコの吸殻を拾い、救うべき(ビニールの音)に住む村人にする。それを先ほどインスタレーション化した段ボールの上に載せ、段ボールを一つの村として箱庭を作るようにして言葉で創出していく。タバコを直立させようとするのだが、全くうまくいかない。「この立つか立たないかの緊張……その緊張の一瞬前に現れる《何か胸がモヤモヤした感じ》……このモヤモヤのみを抽出し、タバコの登場人物の一人に移植させようじゃないか。それが彼の性格になる!(一本のタバコを手にとって)うーん、理由はわからないが、いつも不安で心がモヤモヤしているんだ……。この三人の村人(タバコ)に名前をつけてやろう。右から……トキ!ヒョウルイコウ!そして、シャンハイザー・プラチナ・α・βウリィャーッ!!だ。この《シャンハイザープラチナαβウリィャーッ!!》を名づける際に発揮した《川染喜弘のイマジネーション》……この《イマジネーション》を村全体に覆ってみようじゃないか!おお、村にイマジネーションが満ちていく!(観客席で笑い)その《笑い》をも村に移殖したらどうなるか?《イマジネーション》と《笑い》に満ちた理想郷が誕生するんだよ!ああ、こんな村があったのか、こんな村のあり方が可能だったのか、その《不思議な感覚》……これを旋回するヘリコプターの羽一枚に移殖しよう、さらに、それら全てを模写する男が出てくるのだが、これは一体誰だ?」と自分の話についていけなくなり、自問自答する川染。
 段ボールに絵や相関図を書き込みながらどんどん設定を膨らませていく川染。キン消しを段ボールの中心に投げ込む。「この新しい登場人物の名前は《無》だ。《無》とこの村人は精神の深い部分で繋がっている。だがこっちの男とは馬が合わない。こいつらの関係を見守るこれは何だ?(絵を描きながら)これは花だ。この村には花が咲き乱れている。当然、犬も見守っているだろう。《わけがわからん。早くしろ》という客の心の声……これを登場人物のセリフとして引用させよう。早くしろーッ!動揺しておどおどした客の、《おどおどした態度》を丸ごとこの犬に移殖しよう……」延々展開していく村の風景。
 村の書き込みを中断し、会場内の時計をはずし、顔面の前に据える川染。「どうも〜ウォッチマンでーす。ここで一旦小休止。時を止めてしまいましょう!(時計から電池を抜き取り)時が……止まった……そう、時が止まったのです!イベントに行くと必ず《今日何時までですか?》と聞くだろう。だけどな、もう時は止まってしまったんだよ。この会場の時間はもう、永遠に《9時45分なんだよ》。だからさ、今日は時間を忘れてこの演奏を……楽しんでいこうや。時間も止まったことやし、全力で感受……していこうや。前衛オペラにカットアップコラージュ……どんどんいれていこうや……!」
 再び酔拳が始まる。ビールを二本持って交互に飲みながら白痴の笑顔、拳法の動き、ニセ中国語。一人しかいなかった中国人がどんどん増えていき、気が付くと川染喜弘の一人演技によるニセ中国語の群像劇に展開している。どういうわけか酔拳vs蛇拳の流れになり、なぜか蛇拳使いが当初より言われていた《倒すべき悪》という設定になっている。この蛇拳使いを倒すために爪投げ男が再登場。「爪だけで倒す!」というプライドが強い爪男と、銃で殺すように薦める男の対話が展開するが、爪男は爪攻撃に対するプライドでかたくなに断り続ける。「おれは爪だけであいつを倒すんや!銃なんて使ったら男の名折れだぜ!」
 ウォッチマンが再び登場。ウォッチマンの攻撃で時間が逆行し、酔拳の使い手が赤子になってしまう。「それだけではなかった。ウォッチマンの攻撃により、不可逆とされていた時間の流れはすべてが乱れ、逆行を開始した。(段ボールに絵をかきこみながら)花は種に、星は無に、山は高原に、海は大地になっていった。そして、それを見た人々の心には愛が生まれた。愛が愛を生み、愛は花を生んだが、その花はまた種になった。愛を感じることのできない者もいたが、彼を見守る花があった。そして、その花もまた種に……。どんどん愛が生まれていく……人々の心に愛が広がっていく。それを眺めようと星たちが光を放った……花が種に、星は無に、山は高原に、海は大地に……すべてがブラックホールに飲み込まれ、新しく生まれ変わり、花は種に、種は育って花に……こうして生まれたのがこの村であるという伝承が古くから伝わっている」と、まったく整合性のないスケールのでかい話を展開する。
 「このライブ会場の時は止まっているが、それとは関係なくライブ終了の時間は近づいているようだ!」といって話を強引に爪男vs蛇拳の流れに戻す。爪男の投げた爪が上昇気流に乗って蛇拳使いの前髪を切断、前髪が気に入っていた蛇拳使いは戦意を喪失し敗北宣言。何も悪いことをしていなかった《悪》が敗北し、ライブ終了。



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