4月8日高円寺円盤
 機材のセッティングにアクシデントがあり、ライブ開始が少しだけ押す(=その準備をしている身体所作が楽曲として提示される)。カセットテープから、水が滴る音のビート。
「川染喜弘だ!かなり準備に手間取ったけど、ライブを始めさせてもらう。準備が押し、こうしてテンパってしまったことは、今日の演奏に大きく影響を与えてしまうだろう。しかし、そういうハプニングはこの川染喜弘のライブではよくあることだ。オッケー、いこう!この川染喜弘のライブが、一見ユーモア極まりない、稚拙極まりないものに、映るかもしれない。だが、その奥の奥には多くの人間がハッピーでラッキーになれちゃうような究極の芸術が内包されている。オマエラのバイブレーションで全力で感受していけ!そして、一分一秒を大切にしていけ。見る、聴くだけではまだ足りない、感じていけ!そして、ユーモアの奥に潜む究極の芸術を感じて帰れ!渋谷ァー!俺にはおじいちゃんがいたのだけど、去年、死んでしまった。おじいちゃんは最後に会った時、俺に二万円をくれたんだよ。その二万円を俺はまだ使えないでいる。わかるか?俺は何年もおじいちゃんに会ってなかったんだ。最後に会った時、おじいちゃんと俺は七年ぶりに会うほどだった。そんな不義理な、顔見せも満足にできない俺に、おじいちゃんは二万円をくれたんだ。そして、去年、おじいちゃんは死んでしまった。人生何が起こるかわからない。おじいちゃんに貰った二万円を、おれはポッケにいれて……ポッケは違うな。すいませんね、言葉が苦手なもので……そうだな、タンスにしまい込んで、いまだに使えないでいる。大切な人に、いつ会えなくなるかは誰にもわからないんだ。人生何が起こるか全くわからない。だから一分一秒を大切にしていけ、そして、この川染喜弘の究極の芸術を全力で感受して帰れ」
 前説ラップが終わり、プレイステーションの音楽作成ソフト『音楽ツクールかなでーる』を使ったコンポジションに移行する。(一小節を一枚のキャンパスと捉え、完成次第次の小節=新しいキャンパスへとロールしていく)「今日も書き下ろしてきた楽曲を演奏する。もちろん初演だ。これは相当難しい。受難曲とさえ言ってもいい。この『音楽ツクールかなでーる』はシーケンサーである。このシーケンサーの楽譜部分に、音が聞こえない状態で音符を配置していく。視覚的なインスタレーションである。配置する音符の美しさに重点を置き、音楽を作成していく。そして、お前たちは全ての楽曲が完成したその瞬間に涙を流すことになるだろう。そういう寸法だ。ではさっそく始めようか……(音符を横一列に配置しながら)まあ、まずはミニマルアートだろ。お、美しい。美しいね。美しい。さて、次はどうする。(音符を規則的に配置して繰り返しの模様を描きながら)モアレを作ろうか。(しばらく音符を配置する)もうあれか。モアレ、もうアレだろ。もうアレか。モアレ、もうアレだろう。アレ、もういいだろ。モアレ、もういいだろう。三小節目はどうしていこうかな。(客にマイクを向けて)どうしたらいいと思います?(『トリックアート』という指示が客から飛ぶ)鳥観音?ああ、トリックアートか。できるのかな……(音符で四角形を二つ作り)どうよ、これ、錯覚で違う四角に見えるだろう!次の小節は、ジャクソン・ポロックの“ドリッピング画法”、アクションペインティングで作曲じゃ!(コントローラーを激しく操作し、乱雑にボタンを連打しながら)キャンバスに筆をつけることなく、絵の具の飛び散りで絵画を制作していくのじゃ!(操作の過程で画面が切り替わり、次の小節に移動してしまう)あ、あれえ!全部消えたー!うわー!(一瞬で落ち着いて)あ、ボタン押し間違えただけか……(客から『チャンスオペレーションだ』の声、それを受けて)チャンスオペレーション!採用〜!この小節は操作を間違えるというチャンスオペレーションによって発生した偶然性を採用していきます。次は(といって、楽譜の右端と左端に音符と一つずつ配置し、得意げに)シンメトリー。」 「次は音符を登場人物と捉え、前衛オペラを演じながら、その人間模様を楽譜に焼き付けて作曲していこう。(音符を配置しながら)“俺の名前は現代音楽だ。いや、現代音が君だ。”(向かい合う位置に音符を配置しながら)“待てーい。”“誰だお前は”“俺の名前は金剛寺……お前をこの先に通すわけにはいかない”“なんだと?”“通りたいなら力ずくで突破してみせな”“貴様……!”(音符を何個か連続で配置しながら)“俺達もいるぜ。お前を通すわけにはいかない”“お前ら、どきやがれ!”(音符の一つを下方向に伸ばしながら)“フフフ、おれは地面を掘ることができるのだ!”“なにっ、足がどんどん地下に沈んで伸びていく……”“この能力者を相手に、ここを通れるかな?”(最初に配置した音符を上方向に伸ばしながら)“伸びることができるのが、お前だけだと思うなよ?俺だって首を伸ばすことができるんだ……!”“なにィ!”“このまま一気にオマエラを乗り越えてやるぜーッ!”(新しく音符を配置しながら、声色を変えて)“僕たちも協力します!”“僕もだ!”“させるかよ!首を伸ばせるのがお前だけだと思うなよ?(足を伸ばしていた音符が更に上方向にも伸びていく)”(その音符の前に配置されていた音符にカーソルを合わせて)“なあ、もうやめないか。こんな争いははっきり言って無意味だと思うんだ”“ああ、おれもそう思う。なあ、あいつを通してやれよ”(小節を次のページに飛ばして)――それから。(音符を配置し)“ふう、あいつらを乗り越えることができたぜ。早くライブ会場に行かなければ!”(音符を配置し)“キシャシャシャシャー!”“な、なんだお前は!あっ、エフェクターが!”“お前のエフェクターは俺が頂いた(音符を消す)”“なんだったんだ今のは……しかし楽器を奪われるとは……”(再び音符を配置し)“キシャー!キシャシャシャシャー!アナログシンセは貰ったぜェーッ!(音符を消す)”“アナログシンセまで!”(再び音符を配置し)“キシャー!キシャシャシャシャー!お前からラップトップを奪ったら、お前はエレクトロニカを演奏できるのかなあ?!(音符を消す)”“お、おれのG4が……今日はライブなのに、楽器を全部奪われてしまうなんて……あいつら一体なんだったんだ?そして、俺は今日ライブができるのか……おれは、アナログシンセの音をラップトップに通してエレクトロニカを製作する音響派ミュージシャンだというのに!”(小節をロールし)――それから。(音符を配置し)“おお、遅かったじゃないか。今日のライブ、楽しみにしてるぜ”(音符を配置し)“それが……楽器を奪われてしまったんです……”“なんだって?まあ仕方ない。今日はマイク一本でライブやってみっか!”“えっ、マイク一本ですか!そんなの無理ですよぉー”“いや、いや、なんとかなるって、やってみろって!マイク一本でやれるスタイルもあるじゃん!”“そうですけど……今日のフライヤーを見て会場に来てくれたお客様は、僕のエレクトロニカを聴きにきているわけだし……そこでマイク一本でパフォーマンスするというのは……ちょっと、やっぱり無理です!楽器買ってきます!”(小節をロールし、音符を配置して)“飛び出してきたはいいが、マイク一本でもいける気がしてきたな”(音符を配置し)“ヘイ・ボーイ……”“なんだお前は?”“(エセ外人のアクセントで)ワタシの名前はトムでース。足を怪我して、痛くて痛くて仕方ないのでース。お願いデス……薬を買ってきてくだサーイ……足が痛くて心が折れてしまいそうデース……薬を買ってきてくだサーイ……”“薬だって?それに、見た感じ、外傷はないし、あまり痛くなさそうではあるが?”“オーウ……ワタシは全てを誇張する癖があるのデース。足が痛くて仕方ないデース(トムの周りに音符を大量に配置し真っ黒にしながら)ストレスがたまっていきマース、僕の心を音符で表現するとこのようになるに違いないデース……薬……”“うーん、見ず知らずの外人のために薬を買ってきてやる理由はないのだが、人が見ている。他人に冷たい奴と思われたくない!よし、わかった、薬を買ってきてやろう”“ありがとうございマース……薬局はここから100キロ離れたところにありマース”“なんだって?じゃあ、薬を買いに行ったら、ライブに間に合わなくなるじゃないか!”(小節をロールして)――それから。(音符を置き)“薬局に着いたが……”(音符を置き)“お前、ここまで歩いてきたのか?”“ああ、150キロの道のりを、な。ライブはあと10分で始まっちまう。間に合うはずがないさ。それに楽器も全部失って、マイク一本しかないし……”“そうか……なあ、ちょっとこれを見てくれないか(といって、音符を伸ばしていく)ここに、モジュールシンセがあるだろ。で、(二つの音符から離れたところに新しい音符を置く)店員がここにいるんだよ。なあ、このアナログシンセ、盗めるんじゃないか?”“確かにな……”“それに、これを見てくれ。サンプラーがあるだろ。これも盗めるんじゃないか?”“店番は一人だけなのか?”“いや、(先ほどの音符より更に離れた位置に新しい音符を配置し)ここにもう一人いる”“見張りの役割を全く果たしていないな”“ああ、それに、これを見てみろよ。(音符を配置し)レスポールのギターだ……(音符を上方向に伸ばし)なんて長いネックなんだろう。(音符を配置し、上方向に伸ばしながら)それにここにもテレキャスがあるだろ。ネックは当然長い。なあ、あんた楽器ないんだろ?ここの楽器、持ってっちまえよ”“お前は何を言ってるんだ。いいのか?”“ああ、マジだぜ”“マジなのか”“ああ、マジだ。おっとこれはどうだ?(音符を配置してネックを伸ばしながら)リッケンバッカーだってあるんだ。長いネックだろ?ここにはストラトがある。当然ネックは長い……なあ、ここにあるギター全部持ってっちまえよ。それで、一人で何重奏も演奏しちゃえよ!”“いや、やっぱり盗みとかそういうのはよくないと思うんだ。俺は、マイク一本でライブをやるよ”“そうか ”(小節をロールして)――それから……」
 「ちょっとここいらでオペラを中断しまして、楽譜にハプニングの要素を入れておこう。客が突然乱入してきて、コントローラーを奪い、勝手に楽譜を書き換えて去っていく……このハプニングでいこう。(客の一人をステージに引っ張り込んで)じゃ、ちょっとお願いします。(客、コントローラーを奪い、音符を一個配置して席に戻る)……今のは一体なんだったんだ?さて、オペラに戻りましょう。(小節をロールし、音符を配置し)“薬、持って来たぜ”(音符を配置し、下半分を音符で真っ黒にしながら)“オーウ、アリガトゴザイマース。ワタシとアナタの友情の証にここにイニシャルを刻みマース(といって、『D.C』の記号を配置する)”“ああ、ライブの演奏時間があと十分しか残っていない!”(小節をロールし音符を配置しながら)“みなさん、お待たせしました!山崎哲也です!今日は楽器を全部奪われてしまって、マイク一本の演奏となってしまうのですが、最後まで楽しんでいってください!”(音符を乱雑に配置し、客の群れを作って)“イエー!待ってたぜー!”(首の長い音符を配置し)“待て待て待て!演奏させるかよ!俺は、お前の、エレクトロニカを聴きにきてるんだよ!マイク一本のライブがまかり通るはずないだろうが!”“そうだそうだ、こんなライブ、メチャクチャにしてやるぜ!”(乱闘を表現する音符を乱雑に配置する)よし、実際に乱闘もしよう!(といって、小節をロールし、客の一人をステージに引っ張り込み乱闘を展開する。もみくちゃになりながら音符を配置し、しばし乱闘したのち、客と握手し)オッケー、ありがとう!乱闘をした俺と君の友情の証に、ここに『2』を記そうじゃないか!(といいながら、『2』を配置する。機材袋の中から鏡を取り出し、鏡に向かって吸い込まれるアクションをする)ウワァ〜ッ!(倒れこんでみっともない姿勢のまましばらく停止する。マイクにリバース効果をかけて)ここは一体……お、俺の声にすべてリバースがかかっている!そうか……おれは鏡の世界に迷い込んでしまったのか……(音符を配置する操作を間違い、謎の音符群が楽譜の左側に表示されてしまう)我々は、異次元から来た……異次元マン!(音符を配置しながら)僕たちは八人で一人なのさ……。ウルトラセブンよ、君はミラーの世界で生き残ることができるかな?(マイクのリバーブを切り、機材袋からゴルフクラブを取り出し、客に持たせる。小声で『打って、打って』と指示を出す川染。客がゴルフクラブで紙くずを軽く打ったのを受け)ナイスショーット!いやあ、素晴らしいスイングですね!ゴルフお得意なんですか?なんていうか、腰がもう違いますもんね!いやあ、姿勢がいいといい球を打つなあ!(客が再びスイングする)ナイスショーット!イヤッ!社長サン!ナイスショットですよ!(客が再びスイングする)ナイスショット!いや、どんどん打っちゃってくださいよ!素晴らしいスイングだなあ!ぼく?ぼくはダメですよ!ゴルフなんて全然得意じゃないんです!そんなことより、ホラ、打ってくださいよ!ナイスショット!いいですね!(突然正気に戻り)この接待ゴルフのやり取りを一つの音符に閉じ込めて配置してこの小節を完成させよう。(小節をロールさせ音符を配置しながら)“うーん、このミラーの世界からは抜け出せそうにないな”“ヘイボーイ!”“誰だお前は”“ワタシの名前はピーターでース”“そうか”“手のひらを切ってしまいマシタ。薬を買ってきてくだサーイ”“顔色一つ変えていないが、しかし、こいつは本当に血だらけだ!薬だ、受け取れ!”“オーウ、ありがとゴザまーす”“ライブの時間はあと十秒しかない!マイク一本でライブやれんのか!”(音符を配置し)“ヘイボーイ!”“あっ、お前は!”“トムでース。さっきの薬のお礼デース!奪われていたラップトップを取り返してきまーシタ”“トム……ありがとう!”(『D.C』の記号を配置しながら)“友情の証でーす”“演奏時間は残り一秒だ!残り一秒でお前のエレクトロニカを見せてみろ!”」
 「――さあ、ついにこの時間がやってまいりました!いろんなことがあったよね!ミニマルアートがありました……ジャクソン・ポロックも来ました……客による乱入、ハプニングもありましたね。他になにがあった?ああ、テレキャスがありました、リッケンバッカーが、レスポールが、テレキャスが、ネックを長くして待っています!今までの全部のやり取りが、楽譜として定着されてんぞーッ!再生しましょう……と同時に、それをオケにして、ラップもします。短歌というのがあると思います、5・7・5・7・7の形式に当て嵌めて作る歌……では川染喜弘歌というのを考案しようじゃないか。それは、0.5・0.22・1・2京・無量大数という形式に当て嵌めて作る歌だ。もしこの形式でラップを作った、というかたがおられましたら、こちらのアドレスまで送ってください。評価しますので……」
 『音楽ツクールかなでーる』に打ち込んだシーケンスを再生しながら、猛然とラップ。楽譜に定着された物語を説明しようとするが、シーケンスの流れについていけず、音がどんどん過ぎ去ってしまい、言葉がテンぱっていく。ラップと楽譜の解説の合間のような突っかかった喋りを展開しながら、シーケンスに組み込まれた楽曲が終わり、ライブ終了。「非常に難しい演奏だった」

4月18日横浜市中区シネマ・ジャック&ベティ
 テレコから物音を使った静かなビートを出す。
「どうも、川染喜弘です。今日はこのシネマジャック&ベティさんでライブをさせていただくということで、いつもと違ったジャンルの方々との共演となるのですが、まー、なんでしょう。この世の中には実に色んな人がいますね。学校や職場とか、まあなんでもいいんですけども、例えば、同僚がすごいヤンキーだったりとか、趣味が釣りで休日は釣りしかしないような奴とか、全く自分とは別ジャンルに属して違った思想のもとで生きている人というのは一杯いる。その様々な異なった人たちが集うこの世の中で、なんとかして共通点を見つけ出して、楽しんでいけないだろうか。たとえば、色々話しているうちに、何も共通点のなかった二人だったのに、相手が中学時代にバスケ部だったということが判明したりする。『あ、僕もなんスよ』と、そういう風にして、なんとか共通点を見出してやっていけないだろうか。今日この横浜シネマジャック&ベティには実に様々な人たちが、背景の異なる人たちが集まっている。しかし、しかしだ、そんなバラバラのお前たちも何か共通点を見つけ出して全力でこのライブを楽しんでいってほしいと思っている。俺のライブは一見、稚拙極まりない、ユーモア極まりない表現に、見えるかもしれない。しかし、俺のライブの奥の奥を感受してほしい。俺の芸術には、みんながハッピーでラッキーになれちゃうような《究極の何か》が内包されている。共通項見つけて、全力で楽しんでいこうぜ、渋谷ーッ!それでは、最初のコンポジション」
 ファミコンソフト『燃えろプロ野球』にピックアップを接着させ、ロゴの凹凸部分をピッキングする音をアンプリファイする。
「ここで、この川染喜弘の提唱する芸術の概念《マイクロスコープアート》について説明しよう。マイクロスコープアート……そう、《顕微鏡アート》だ。芸術というのは、とにかく壮大で金をかけたものが素晴らしいとされる傾向にあるが、この川染喜弘の提唱する《マイクロスコープアート》は、その真逆……天体望遠鏡からのぞく宇宙が広大であるように、顕微鏡を覗き込んで見る宇宙も同時に広大であるという視野に立つ芸術である。一見情けなく見える、稚拙極まりなく見えてしまう、《限りなく小さいコンセプト》を実践する演奏……それこそが顕微鏡宇宙だ。たとえば、いま演奏しているこのファミコンのカセットのロゴ部分のピッキング……これなどは相当小さい。あまりにも小さすぎるコンセプトだろう。しかし、俺はこの演奏を何も高校生の思いつきでやっているわけではない。俺はこの演奏を十年以上追及し、命をかけてきている。いいか、究極の芸術は、限りなく小さい、一見限りなく稚拙に見えるような小さい小さいなコンセプトの中にこそ、存在するのだ」  川染喜弘が持ち上げた椅子やテーブルの下に、客が段ボールを挟み込ませる演奏。「かませーッ!」という掛け声を合図に、段ボールを挿入していく、というだけのシンプルな演奏。
「(楽器袋からコンクリートの塊を取り出し)コンクリートアートという、具体物を用いて感情を極力排して行われる芸術があるけども、そのコンクリートアートの概念に対抗して、実際にコンクリートを――感情をこめまくって演奏してみようじゃないか。(ピックアップを装着し、コンクリートの塊をピッキングする)そして、コンクリートを演奏しながら、高校時代の声が高かった日本史の先生の物真似をしようじゃないか。“(甲高い声で)あ〜藤原鎌足がですね ”“(生意気そうな生徒の声色で)先生、結婚しないんスか”“(甲高い声で)うるさいワ”まあ、高松の出身なんで、多少なまりがあるんですよねー(と、いいながら、何度も高校教師の物真似を反復する)次は数学教師の物真似をしよう。“(ぼそぼそっとした喋り方で)僕はいま、ドラクエをやっています ”“(生徒の声色で)先生ドラクエやるんか?”“(不機嫌そうに)悪い?”(これも何度も反復する)」
 「フォークアートっていうの、あると思うんですけど、こう伝統や民族的な要素を重要視する芸術ですけども、そのフォークアートを名前の面だけで判断し、実際にフォークを演奏してみようじゃないか。(ピックアップを装着したフォークをピッキングする)一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量大数!オッケー、共通点見つけていこうぜ!数字の高まりにあわせて声のピッチも上がっていく、それでお前たちは宇宙にいけてしまうんだ!エレクトしてきこうぜ渋谷ーっ!(声を少しずつあげていきながら)一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量大数!一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量大数!PAさん、ディレイかけてくれ!(ディレイのかかった声で)一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量大数!」
 勢いよくケロケロといい続けるだけのケロケロラップを経て、突如か細い声で「ちゅんちゅん」と言い出す。「鳥が語る怪談をやります」といって、照明を暗くし、怪談をする人間の表情、所作で「ちゅんちゅんちゅちゅん」などと囁き続ける。会場後方の椅子にライブ開始時から置かれていたぬいぐるみに飛びつき「うわー、来てくれてたんかー!(別のぬいぐるみをつかみ)来てくれたんやなー!感激やわー!」と言う。ライブ終盤になって口を「くちゃくちゃ」とやるリップノイズが前衛ヒップホップの後韻であることが明かされる。「もう、言葉で韻をふむクチャ必要はクチャないんだよクチャリリックとクチャリリックのクチャ間にクチャこうしてクチャリップノイズを挟み込むことでクチャ音で韻を踏めてしまうというクチャ寸法よクチャクチャ」
 「HIPHOPの人なんかがレコードのことを《皿》といいますけど、実際に(といって楽器袋から真っ白なご飯茶碗を取り出し、頭にかぶせて)皿を頭に載せて、DJ河童として皿をスクラッチしてみよう。(ぬらした指で皿をこすり、音を鳴らしながら)そしてMCは猿だ!キーキーキキー!キキーキーキー!キキキーキー!キーキキー!キーキーキキー!」
 突然、ライブ中に無音を挟み込む。
「いま楽曲と楽曲の間に、ちょっと無音が入ったよね。この無音を、カットアップして、次回のライブにコラージュしようと思う。次回、4月25日に原宿でライブがありますけども、そのとき、突然無音のコラージュ入れます。で、今日のライブを見てくださった方は『あ、あのときの無音がいま挿入されたんだな』と判断してください。(再び一瞬の無音を作り)この無音はさらに次のライブ、4月30日に武蔵小金井アートランドさんでライブがありますけども、そのライブにて挿入、コラージュしていこうと考えています。」
 ライブ中テレコでずっと録音していたテープ作品を《新作》と捉え、その場で40分のアルバムを完成させてリリース、発売記念としてインストアイベントを開催する、というコンセプトが最後になって明かされる。今まで使ったコンポジションや楽器などが総動員されて録音されていく。「さあ、アルバムが完成した。インストアイベントの幕開けだ。アルバムのタイトル、なんにしようかな……(少し考え込んで)実は、僕は上京したてのころ、横浜のほうに、日吉に住んでいたんですね。ミュージシャンになることを目指して上京してきたあのころを思い出し、そうですね、このアルバムには『横浜なかよし』というタイトルをつけたいと思います!そして、このテープが買うとき50円だったので、この『横浜なかよし』51円で販売したいと考えています!どうもありがとう、川染喜弘でした!」
 ライブ終了後、テープを購入しました。

4月30日武蔵小金井アートランド
 「それではイベントの方を始めさせていただきます。最初は僕、川染喜弘の演奏を聞いて頂こうと思っているのですが、これから展開される僕の、約一時間ほどのライブは、一見稚拙極まりない、ユーモア極まりないものにうつるかもしれない。しかし、僕の演奏には皆さんがハッピーでラッキーになれてしまうような何かが内包されているので、皆様のほうで能動的に感受していってほしい。普段をラップをやっているのだけれども、口下手なもので、まあこうして自分の作品について毎回喋っているのだけども、一回しか言わないので、全力で感受していってほしい。オッケー、それではライブをはじめます。いや、もう始まっているんですけどね!」  ピックアップを客の胸部に装着させ、その音をビートにしてラップ開始。
「実は、そこにいるお客さんの胸にコンタクトマイクがついているのですが、今回は彼の心音をビートにしてラップしていこうと思っている。つまり、彼が恐怖や興奮を覚えた場合、BPMが爆発的に上昇する可能性もある。そして、彼の心音が止まってしまう可能性だってゼロではない。そしてそのときは…… というわけで、ちょっと彼の心音のBPMを身の毛もよだつ恐ろしい怪談でハラハラさせてどんどんあげていこうじゃないか。(椅子に座って)私はタクシーの運転手です。雨の降る夜、私は険しい山道にタクシーを走らせていました。数十分山を登った頃でしょうか。車道の真ん中に、白い着物を着た、髪のながぁい女が立っていたのです……(喋りを止めて、心音の速度を確かめるために耳を傾ける。しかし、心音が全く変わっていなかったことを受けて、《おかしいな》という表情をし)私はブレーキを踏みました。そして、髪の長い女は私に向かってこういうのです――『……乗せてくれませんか?』(耳を傾けるが、心音は変わらず)私は恐怖を覚えながらも、女を座席に乗せました……(耳を傾ける、心音は変わらず)女を乗せたままどれくらい走ったころでしょうか、私はふとバックミラーを覗き込んでみたのですが……(耳を傾ける、心音は変わらず)そこにはなんと!(耳を傾ける、心音は変わらず)女の姿がなく(耳を傾ける、心音は変わらず)ただただ濡れたシートだけが残されていたのです……(耳を傾ける、心音は変わらず)BPMに全く変動がないな……」ライブ全体を通して、《ハラハラさせようと工夫する→心音の変動を確かめるために耳を傾ける》が挿入される。
 左足にパーカーやビニール袋、マイクが繋がったシールドなどを巻きつけ、川染オペラが開始される。
「これが今回書き下ろしてきた新曲であり、前衛オペラのネクストステージ、『足かせオペラ』だ。当然、初演になります。(足かせを引きずりながら、葉っぱを口にくわえて暴走車を走らせるマイムをし)ブローンソンソンソンソン!ハラテッツォッツォッツォ!(耳を傾ける、心音は変わらず)ガハハハハ!ワイの名前はちからこぶ力太郎じゃ!全国の高校の番長を倒して旅をしてまわっている!今日はこの高校でも制覇したろうかの〜!(ドアを開けるマイムをしながら)ガラガラガラガラッ!(ドアを開けるマイムをしながら)ガラガラガラガラッ!(ドアを開けるマイムをしながら)ガラガラガラガラッ!(ドアを開けるマイムをしながら)ガラガラガラガラッ!(ドアを開けるマイムをしながら)ガラガラガラガラッ!(五枚目のドアを開けた先から、暴走車のマイムをしながら新しい登場人物が登場)“待てーい!この先は俺を倒してからにしてもらおうか!”“誰だお前は!”“俺の名前はドリフト一郎。お前とはレースで勝負しようじゃないか!”“なんやとー!?”“5メートル先にあるゴールにどっちが先に到着するか、勝負だ!”“わかった”’(耳を傾ける、心音は変わらず)“(観客が登場し)な、なんだって……5メートルも車を走らせるというのか?”(耳を傾ける、心音は変わらず)“それでは、これよりレースをはじめます!”(耳を傾ける、心音は変わらず)“(スタートの合図であるところのピストルを空に掲げながら)5,4,3,2,1!”(耳を傾ける、心音は変わらず)“あ、あと五秒でレースが始まってしまう!”“3,2,1!”(耳を傾ける、心音は変わらず)“スタート!”(激しく地面をのた打ち回りながら)キキィー!ズガガーン!ドガーッ!“あーっと5メートル地点でいきなりのクラッシュだー!”(耳を傾ける、心音は変わらず)“(力太郎が生き延びて)ふう、強烈な敵だった……”“ふふふ、安心するのはまだ早いぜ。次はこの俺が相手だ!”“誰だお前は!”“俺の名前は小動物タカシ。喰らえ!エアカッター!(腕を刃物のように振り回す)”(耳を傾ける、心音は変わらず)オッケー、このオペラはいったんここで中断してしまおう。またライブの途中で、オペラの続きが挿入されるかもしれないのでその時を楽しみにしておいてほしい」
 「僕は音楽が好きで、それで昔、ライブハウスで働いていた(仕事中に音楽を聴くことができるから)のですが、配属される場所がライブ会場から少し離れているときがあるんですね。そういう時は、例えばドアを隔てた状態だったりして、ボーカルの声にフィルターがかかってしまって、どんなリリックで歌っているのかがわからないときなんかがあります。その状態はとてもストレスなんだ。音楽が好きでそういう仕事を選んでいるのに、防音扉に遮音されて音が全く聴こえなかったりする。今回書き下ろしてきた楽曲では、みなさんにその心境を味わっていただきたい(と、言い捨ててトイレに駆け込んでいく)(ドア越しに、少しこもった声ではあるが、ほとんど聞き取れてしまうような音声で)イエーイ、ワン、ツー、チェック!川染喜弘、だ!今日の前衛ヒップホップの後韻は『モー』、つまり、リリックのおわりに『モー』という牛の鳴き声をつけることによって全てのリリックの韻が踏めちゃうという寸法なんだモー。アナログシンセが欲しい!モジュラーシンセが欲しい!SP-100が欲しい!パワーブックが欲しい!MAX/MSPが欲しい!でも、どうしても、一番ほしいのはモジュラーシンセっしょ!(ドアを開け閉めしながら)モジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しいモジュラーシンセが欲しい!」
 ピアノを使った演奏。
「78(ナヤ)抜き音階というモジュールがありますが、さらに踏み込んだ川染独自のモジュールで演奏してしまおうと思う。その名も、 2345678(ニサヨゴロナヤ)抜き音階だ!このモジュールを使用するとどうなるか?(鍵盤を人さし指で押しながら)《ド》しか使えなくなるんだよ。(突然演劇的になって)世界初!2345678抜き音階による演奏が!いま!まさに!始まろうとしている!(耳を傾ける、心音は変わらず)現代音楽の歴史が、いま!鮮やかに塗り替えられようとしている!(耳を傾ける、心音は変わらず)初演です!(耳を傾ける、心音は変わらず。首を傾げながら《おかしいな》という表情になって)オッケー、いこう!世界初!2345678抜き音階!(《ド》の鍵盤を延々演奏しながら客に向かって)あれ?池ノ上田吾作さんですよね?“違います”あれ?山ノ下権左衛門さんですよね?“違います”あーっ!どっかで見たことあると思ったら!久しぶりーっ。田上彦太郎さんですよね?“いや、違います”あれ、あれ?どうしちゃったのー、久しぶりじゃなーい。上三川三太夫さんですよね?“違いますね”ん?どっかで見たことあると思ったんだよなー、ひょっとして、山野橋小太郎さんじゃないですか?“違います”(このやり取りが延々と続く)次も書き下ろした楽曲、初演になります。もうさ、ピアノで会話してみようよ。君がいってた服探しにきたけど(鍵盤を四回弾いて)?わかる?いま、《ド》と《レ》を使ったの。ドレドレ、ってことね。この辺でさ(《ソとドを打鍵して)が合ったらしいじゃない。(鍵盤を押しながら)騒動な。いやー、(《シ》と《ラ》を打鍵して)なかったなー!」
 「ここまでのライブを見て、はじめてみる方は(そして、そうでない方も、もしかしたら)こいつは何をやっているのかと、何を思ってこんな小さい小さいコンセプトの演奏をし続けているのかと疑問に思われたかもしれません。しかし、この小さいコンセプトこそ、川染喜弘が提唱する芸術の新概念『マイクロスコープアート』なのです。私はこの新しい芸術様式について、学会で発表するつもりでいます。(突如激昂し、テーブルを両手で激しく叩きつけながら熱弁する声色で)そう、『マイクロスコープアート』なのです!とかく巨大なもの壮大なものが評価されやすいこの芸術界に対するカウンター!天体望遠鏡からのぞく広大な宇宙ではなく、マイクロスコープ――つまり、顕微鏡から覗き込んだ宇宙こそが究極なのだ!このマイクロスコープアートの概念さえ使えば、金も時間もないお前たちでも究極の芸術が作れてしまうのじゃー!例えば、演奏を準備する時間がなくて、お前たちが空き缶の蓋をピンピンやる演奏しかできなかったとしよう。その場合、この川染喜弘が提唱する『マイクロスコープアート』の概念を適応させれば、その作品は『美しい』ということになるのだーッ!(耳を傾ける、心音は変わらず)」
 環境音と対話する。テープから波のせせらぎの音。
「(音が出ているアンプを片腕で抱きながら横になって)うん、そう。マイクロスコープアート。僕が考えたの。波ちゃんにも聞いてほしくてさ。うん、そう。限りなく稚拙で……情けなくて……でもそこには究極の芸術があってさ……(波の音に耳を傾けて)なになに?『僕なんていつも心地よい音しか出せなくていつも申し訳ないと思っているよ』だって?何言ってるんだよ波ちゃん。寄せては引いていく君の音は最高さ。自信を持てよ。な?」
 前衛オペラが再開する(葉っぱが紛失する)。
「“(満身創痍のちからこぶ力太郎が)なかなかの敵じゃった”“次の敵はオレだ”“お前は誰だ!”“俺の名前はガマ。独自に編み出したガマ骨法の使い手だ。全身の関節を自由自在に外すことができる”“なんだと?このヤロー!(殴りかかる)”“(拳をかわしながら)ガマ骨法『腕はずし』”“なにっ?(殴りかかる)”“(拳をかわしながら)ガマ骨法『股間はずし』”“ワイのパンチが……あたらないやと?チクショー!(殴りかかる)”“ガマ骨法『首はずし』……終わりですか?ではこちらの番です。(言葉に合わせて体を操作しながら)ガマ骨法『肩はずし』ガマ骨法『肘はずし』ガマ骨法『関節集め』ガマ骨法『関節固め』ガマ骨法『関節抜き』ガマ骨法『関節移植』”“(移植されかけた関節をつかんで)ガマ骨法見破ったでー!(腹にパンチを一撃入れる)”“ 何ィ!(腹を押さえてうずくまる)”“ふふふ、次はこの小動物タダシがお相手しよう。いけっ、小動物たちよ!”“ウワーッ、回りを小動物たちに囲まれてしまったー!”“サラウンド小動物・フォーメーション・『おたけび』!”“ウォー!”“ウォー!”“ウォー!ル街の悪夢!(噴出して爆笑、地面をバンバン叩きながら)”“ウォー!ホル!(噴出して爆笑、地面をバンバン叩きながら)”“ウォー!ター!(噴出して爆笑、地面をバンバン叩きながら)”“ウォー!キング!(噴出して爆笑、地面をバンバン叩きながら)”“(両腕を広げてその場で回転しながら)小動物サラウンド殺し!さあ、次は誰だ!”“ヘイボーイ!次はこのボク『アメリカ』が相手になるぜーフォー!(腹に一撃を喰らい)OK!”“アメリカまでやられてしまうとは。”“お前は誰だ?”“私はこの高校の番長、小島ひとしです。”“お前が番長かー!この高校は、ワイがもらうでー!(腹に何発もパンチを入れる)”“(そのことごとくを受けながら)やめてくれませんか。戦いは何も生まない”“知るかボケーっ!(パンチをいれながら)へへ、こいつ番長とかいって今までで一番弱いぜ!”“(足をガクガクにしながら立ち上がってきて)さあ、帰ってください”“なんやと?ワイのパンチを貰ってまだ立ち上がってくるというのか。このヤロー!(パンチを入れながら)”“(全てかわして)もうあなたの攻撃はうけませんよ。さあ、帰ってください”“知るかー、ワイは番長になったるんやー!あ、あそこにUFOが!”“えっ?”“かかったな!ボディががら空きだぜ!(パンチを入れる)”“卑怯だぞー!”“観客一郎!あなたは引っ込んでなさい。さあ、帰って……”“こいつ……何度倒しても立ち上がってきやがる”(時計を見て)オペラは途中なんですが、もう時間があまり残されていません!このオペラには感動的なラストを用意しているのですが、そこまでたどりつけそうにない!というわけで、今からこのオペラはラストまで『まき』で行こうと思います。新しいだろ!時間がないから、オペラが『まき』で進行して行くのをお前らは見たことがあるのか!それじゃ速度をあげて……なんだあいつまだ立ち上がってきやがるのかやめてくださいやめてください何をやっても無駄ですさあ帰ってくそー殴っても殴ってもあいつは何度でも立ち上がってきてしかも反撃しないさあわかったろうお前は帰れ観客一郎は黙ってろうおー何っこのヤローさあ帰ってください無駄だということがわかったでしょうわかったよお前が何で番長なのか力でごり押しすることしかできないワイよりもお前が強い理由がな確かに負けたよワイは退散させてもらうで、どうもありがとうございました川染喜弘でしたー」ライブ終了。



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