5月8日 西麻布bullets
 テープから環境音に近いビートを流して、ライブ開始。
「川染喜弘だ。今日はブレッツの十周年イベントということで、呼んでいただき、本当にありがとうございます。僕自身音楽活動がもう十年以上にわたりますが、その最初期に結成していたバンド――そのバンドはとてもライブの回数が少ないバンドだったのですが――の、数少ないライブの一つはこのブレッツさんでやらせていただきました。感慨深いものがあります。さて、これから約40分ほど川染喜弘がライブするのですが、僕の演奏が一見稚拙極まりない、ユーモア極まりないものに、うつるかもしれない。だが、その奥の奥にある究極の何かを、お前たちは全力で感受して帰ってほしい。オッケー行こう。」
 「マナー杏」という文字がびっしり表示された画像をプロジェクターで投影しながら、ポップル錯視を利用したラップをする。「マナー杏という文字を見続けることで錯視、平行であるはずの文字が右に下がって見える現象をポップル錯視というが、そのポップル錯視でお前らの視覚に刺戟を与えながら、そのポップル錯視をリリックとして利用してしまおうという寸法よ。そして、今日の前衛ヒップホップの後韻は環境音だ。ラップとラップの隙間に会場内の環境音が挟み込まれることによって、音によって韻が踏めてしまうという寸法よ。オッケー、それじゃポップル錯視ラップいってみようかー!マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏!マナー杏(小声で挟み込むように)ブレッツマナー杏!サブリミナルでブレッツの名前を出すことによって、ブレッツの十周年を祝っているということをお前らの無意識に刷り込んでやる。マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏ブレッツマナー杏マナー杏マナー杏マナー杏!」
 テープから電子音を流しながら、プロジェクターでアナログシンセの映像を投影し、スクリーンに映された巨大なアナログシンセのつまみを演奏したり、シールドを繋げてパッチングをしたりする。また、カオスパッドの映像を投影し、スクリーンに映された巨大なカオスパッドの画面を全身を使ってさすりまくる。
 カゴにガラクタをダンクシュートする音をピックアップで拾い、ディレイをかける。ダンクシュートが成功するたびにブレッツコールを行うように要求する。「ダンクコンテストというのがありますが、そこで登場したダンクシュートを虱潰しにやっていこうと思います。(楽譜を見ながら)えーと『ワンハンド。その名の通りボールを左か右のどちらかの手でダンクする技……』オッケー、成功したらブレッツコールしてくれよな!(助走をつけて、かごにダンクを決める)フォー!オイ、ブーレッツ!ブーレッツ!ブーレッツ!『ダブルハンド。両手でボールを持ってダンクする技……』(助走をつけてダンクを決めるが、勢いよく叩き込んだせいでガラクタがカゴから飛び出してしまう)(マイクを持って悲嘆にくれながら)オーウ、ミステイクファッキンシット、ソーリーソーリー!」
 『リバースダンク。ゴールに背を向けながら行なうダンク。日本ではバックダンクとも言われている』……『360(スリーシックスティ)。空中で1回転スピンしてから決めるダンク。』『トマホーク。持ち上げたボールを一旦頭の後ろに動かしてからするダンク』など、次から次へとダンクを決めていき、そのたびに歓声&ブレッツコールを要求する。しかし、客が一向に盛り上がりを見せなかったため、関西女の演技をして客を煽る。
「わたしもなー、はじめはめっちゃ恥ずかしかってんやんかー。でもなー、あとで絶対に後悔すんねん。家かえってなー、一人でシャワー浴びてるとなー、めっちゃ後悔するねやんかー。ああ、なんであのとき声出さへんかったんやろ、わたしもみんなと一緒にブレッツコールしたらよかった。ああ!はあ!あの時ブレッツコールしとけばよかったわー!(普通の声色に戻り)オッケー、ダンク決めたらブレッツコールかましてくれよな!『エルボーダンク。ボールとともに肘までリングに突っ込み、ぶら下がるダンク』(助走をつけてダンクする)フォー!オイ、ブーレッツ!ブーレッツ!ブーレッツ!ブーレッツ!ちょっとオリジナルのダンクを考案してみようか。(音叉を取り出して、振動させ、その振動をピックアップで拾いながら)サイン波ダンク。サイン波の音色で催眠効果を与え、相手が曖昧になっている隙を狙ってダンクする技。サイン波コンプレッサーダンク。サイン波を出したあと、予めサンプルをとっておいたコンプレッサーの音を出し、その直後にダンクを決める技……」
 最後は、ブレッツの店長が投げたガラクタを川染喜弘が受け取り、ダンクを決めてライブ終了。

5月13日高円寺円盤
 テープレコーダーから環境音。ラップ開始。
「今日はちょっとセッティングの方がうまくいってなくて、いま微妙にテンパってる状態なんで、ちょっと、落ち着こう。どうも、川染喜弘です。これから、約一時間、この川染喜弘のライブが展開されるわけなんだけども、僕のライブが少々へんちくりんな音楽に、そう、一見稚拙極まりない、ユーモア極まりないものに、映るかもしれない。だが、その奥の奥に潜む、究極のバイブレーションを、お前たちのバイブレーションでもって、全力で感受していってほしい。自分はラップをやっている人間なのだけども、口下手なもので、自分の考えていること、伝えたいことが、うまく言葉ではお伝えできないかもしれない。しかし、そのもたつき、稚拙の奥にひそむ究極のバイブレーションを、能動的に感受していってほしい。オッケー、行こう」
 回折現象ラップ。
「2曲目は、えー、初演になります。僕もヒップホップを、まあ、ヒップホップ以外の様々な分野も追求に追求を重ねてきているのですが、ヒップホップ、このラップを様々な方法で皆様に提示してきたのですが、そんなヒップホップを極めに極め尽くした川染喜弘が提供する、ネクストステージのヒップホップ。それは《回折現象ラップ》だ。じゃあ、ちょっとお客さん、このアンプの前に座っていただけますか。(客、移動。客の前に置かれているアンプのスピーカー部分は、客の反対側に向いている)(アンプに繋がったマイクを手にとって、まくしたてるように)リムジンバスに乗れてもしょうがないでしょう!俺はそう、モジュラーシンセが欲しいんだっていうことをモジュラーシンセが欲しくて欲しくて仕方ないんだということを、そう、リムジンバスに乗って移動することよりも、俺はモジュラー、シン、セ、が、欲しいッ、ショ!モジュラーシンセを買うお金がなくて石橋楽器で試奏、その音をその場でフィールドレコーディングしてる場合じゃないっしょ!オッケー、これが《回折現象ラップ》だ。どういうことか、説明させていただきますと、アンプが客側ではなくステージの僕の側に向いているのがわかると思うんですが、音がみなさんのもとに到達するまでに回り道をすることになりますね。そうするとどうなるかというと、低音域が強調されることになるんです。この《回折現象》を利用したラップが、今回この川染喜弘が書き下ろしてきた新曲《回折現象ラップ》だ!(音叉を振動させてピックアップに装着させ、サイン波を出す)オッケー、今日の前衛ヒップホップの後韻は、《サイン波》で韻を踏むだ(サイン波を出す)。もう言葉で音を踏まなくてもいいんだよ(サイン波を出す)俺はこれまでも執拗に音で韻を踏んできた(サイン波を出す)今日はその先に進んでみようじゃないか。(突如、客を気遣って)大丈夫?オッケー!これが前衛ヒップホップの最新の形《優しさで韻を踏む》、だ!(客を気遣って)大丈夫?この後韻は、リリックとリリックの間に《優しさ》を挿入することによって(客を気遣って)大丈夫?全ての言葉に韻が踏めてしまうという寸法よ(客を気遣って)大丈夫?(照明をチカチカといじりながら)《光》で韻を踏むというのはどうだろう。(扉を開け放って、《うわー》と言い)《開放感》で韻を踏む。(腕で額を拭って、破顔一笑しながら)《爽快感》で韻を踏む」
 「三曲目にいきましょう。これも、えー、初演になります。この楽曲は相当稚拙なものになると思う。だが、それゆえに、この書き下ろしてきた作品こそ、川染喜弘の代表作であると言うこともできるだろう。そう、これこそが僕が提唱する芸術の概念、《マイクロスコープアート》なんです。天体望遠鏡からのぞく宇宙ではなく、顕微鏡からのぞく宇宙を……!一見稚拙極まりない、小さな小さな表現の中には広大な宇宙が広がっているんだ!では楽曲の説明を。えー、僕の中学時代の友人にU君という人がいまして、そのU君が高校受験をしたんですね。その合格発表のとき、なぜかU君のお母さんがついてきたんです。一緒に確認したかったんでしょうね。その日は地方のテレビ局が撮影にもきてて、で、そのとき《U君合格の報を見たときの、U君のお母さんがとったリアクション》のカバーが次の楽曲になります。(顔面を喜悦に満たしながら、高速で手を二回叩き、二回目の終わりとほぼ同時に掲示板を指さす動きを反復する)……まあ、うれしかったんでしょうね、手を叩くだけでは済まず、脳内がパニックになって、掲示板にあるU君の数字を同時に指し示したくなったのでしょう。(手のひらを叩いて指をさす動きを何度も反復する)で、さっき言ったように、その日はロケがあったので、このU君のお母さんの動きが、僕たちの間では小さな事件となりまして、かなり流行ったんですが、まあ、かなり小さい!そして稚拙すぎる!ただ、おれはこの表現に命をかけているし、十年かけてやってきているんだ!(手のひらを叩いて指をさす動きを何度も反復する)(客に)お前ちょっとやってみろ。(客も同じ動きをする)おまえ、うまいな。(足をがに股に開いて拳を握り締め、力を充填させるアクションをしながら)貴様ーッ!(手のひらを叩いて指をさす)」
 サンプラーから変拍子のビート。《象形文字ラップ》。ダンボールに、象形文字を描き込んでいく行為を《ラップ》として表現する。ダンボールに図形を描き込みながら、口をぱくぱくさせてラップをしているときと同じ動きをする。コール&レスポンスと称して、客に、自分が描いた図形の横に同じ図形を描かせる。コール&レスポンスが成功するたびに歓声をあげる。
「イエー!象形文字に反応してキッズがレスポンスを返してくれました!ありがとう!(客の描いた図形のまわりに絵を書き込んで)船に乗せてしまおう。ここは広大な海……(絵を書きいれながら)タコやイカ、クラゲ、微生物たち……(マイクに息を吹き込んで、海中ロケの模倣をしながら)私はいま海の中にいます!コーホー。微生物たちが、視界一面に広がっています。コーホー。聴こえますか?コーホー。タコやイカ、クラゲがいっぱいです!」
 さらに続けて象形文字ラップを展開していく。図形で韻を踏み始める。「あらかじめ韻を踏んでおこう」といって、《―○―》の図形をどんどんダンボールに書き足していく。そのうちエスカレートして、川染喜弘自身の身体にも《―○―》を書き込んでいく。「韻が、身体を侵食していく〜ッ!」といいながら、腕や顔にびっしり《―○―》が描かれる。手のひらに《―○―》を書き込むと同時に、うなり声しか出せなくなり、両の掌に描かれた《―○―》を天に掲げて祈祷のような動きをする。うなり声をあげながら、ダンボールを二枚繋げたものに《―○―》を書き込み、それを中央で割ってこの世の終わりのようなおたけびをあげる(《―○―》が《―( )―》になる割符)。その割符をどんどん増やしていき、《―○―》のバリエーションが《―(^^)―》になったり《―(><)―》になったりする。それを縦一列に五パターンほど描き、低いうなり声とともに一段ずつずらしていって《―(^ <)―》や《―( ^)―》を創出していく。さらに、突然思いついたのだろう、ダンボールに配線図を書き込みながら、そのシステムをカタカナ英語で逐一言語化していく。「ジス、オブジェクト、A&B、サウンド、パッチング、モジュレーション、パッチング、オブジェクト、サンプリング、パッチング、パッチング、サウンド、(暴力的に全ての線を繋ぎながら)MAX/MSP!(ダンボールを投げ捨てる)」
 川染喜弘をプログラミングしてオペラを創作していく前衛オペラ。『川染喜弘を表示』『川染喜弘が「」とrapする』『川染喜弘が○○方向へ「」歩進む』『もう一人の川染喜弘(分身太郎)を表示』『もう一人の川染喜弘が「」とラップする』『もう一人の川染喜弘(分身太郎)が○○方向へ「」歩進む』『川染喜弘が「数式」を計算して答えをはじき出す』『川染喜弘が「」を使って演奏する』『川染喜弘が「渋谷ーッ!」と言う』『そこが渋谷ではない場合、続けて「」と言う』『そこが渋谷である場合、続けて「」という』『演奏を繰り返す』『川染喜弘が反復中にその演奏が何回目であるかを答える』『EQを絞る』『五つの数字を入力すると、その合算を川染喜弘が答える』などの指示が書き込まれた楽譜が客に手渡され、客が打ち込んだプログラム通りに川染喜弘が忠実な演奏をする。
 サンプラーからアコギの音を流しながら阿漕な商売をする。
「このギターの音を、テープに録音していただきますと、お客様の方に二億円払っていただく仕組みになっております。早いもの勝ちですよ!誰かサンプルとりませんか?二億円を振り込んでいただいたのを確認しましたら、お客様に優先してサンプルをとっていただきます。さあ、二億円から二億円から!誰かいませんか誰かいませんか!二億円二億円二億円二億円!(アコギの音を止め)そう、これが、これこそが、《マイクロスコープアート》!ありがとう川染喜弘でした!」ライブ終了。



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