6月10日高円寺円盤
 暗転、サングラスをかけて登場。サンプラーからビート、それにあわせて照明がつく。前説ラップ開始。
「川染喜弘だ。今日も皆様がハッピーでラッキーになれちゃうような究極の芸術を提示していく。僕のパフォーマンスは、一見、稚拙極まりない、ユーモア極まりないものに、うつるかもしれない。しかし、その小さい小さいコンセプトの演奏に潜む、稚拙さの奥の奥に内包された究極の何かを、お前たちの能動的な感受性でもって全力で感じ取って帰って欲しい」
 コンタクトマイクで客の心音と川染喜弘の心音を拾い、アンプリファイする。
「俺の心音とお前の心音でツーバス踏んじゃってるわけよ!会場のメタルキッズは喜んじゃってくれてるはずだ!聞こえてきてるぜお前の心音!できるだけお前の心音を止めないでくれよな!もしお前の心音を聞こえなくなったら寂しいぜ!BPMをあげていこう。(と、マイクを胸からはずして激しい動きをし、再びマイクを装着する川染。客のゆっくりとした心音と、運動直後の川染の激しい心音が重なり、乱れたビートに)アロエのこと、イシャイラズっていうけど、アレ、言い過ぎっしょ。イシャイラズって、アロエのことだけど、本当にアロエがあったら医者いらんのかい。せめて、ドリンク剤イラズとか、その程度の呼称に変えるべきなんじゃないかっていうことを(と言いながら突如、たくましいポーズを取る)オッケー、今日の前衛ヒップホップの後韻……これまでも、こういった(音叉からサイン波を出し)音で韻を踏むなどの前衛的すぎる後韻を提唱してきた俺だが、今日の前衛ヒップホップの後韻はもう音さえも使わないんだよ。そう、今日の前衛ヒップホップの後韻は《たくましさ》で韻を踏んでしまおうという寸法(たくましさを表現するポーズをとる)オッケー、行こう!アロエのこと、イシャイラズって言うけども(たくましさを表現するポーズ)、あれ、言い過ぎっしょ(たくましさを表現するポーズ)本当に医者がいらないのかっちゅー話よ(たくましさを表現するポーズ)たとえば、イシャイラズを部屋中に敷き詰める現代アート……『あの、具合が悪いんです。この辺に病院はありませんか』『では、私の家に来なさい』『え、あなたの家は病院なんですか』『いや、病院ではないが、イシャイラズが山ほどある』アロエのこと、イシャイラズって言うけど、あれ、いいすぎでしょ。せめて、ドリンク剤イラズくらいにしとけっちゅう話よ(たくましさを表現するポーズ)」
 心音を拾わせるのをやめさせて客にドラムスティックを手渡し、スネアドラムを演奏するように指示する。
「(サンプラーに指をあてて)さあ、セッションしましょうよ。(客のスネア演奏を聴いた瞬間、全てを放擲した川染喜弘が)いやあ、すごいっスねえ!やっぱり手首のスナップが違うんでしょうねえ。正直、サンプラーを押す隙が全くないですもん。それに、こんなにレベルの高い演奏の前じゃ、自分の演奏なんて恥ずかしくて恥ずかしくてとても!ドラム、やってらっしゃったんですか?えっ、やってない?本当ですか!いやはや、すごいなあ、やってないのにこんな素晴らしいドラミングができるなんて、本当にすごいなあ。もう1回叩いてもらってもよろしいですか?(客のスネア演奏を聴いて)ホラ、ホラ、わかります?いま、踊るつもりがないのについつい踊ってしまいましたよ!もう1回、もう1回叩いてもらっても構わないですか?(客のスネア演奏を聴いて)す・ご・い・なぁ!いや、いや、自分なんて正直、ボタン押してるだけですもん。ちょっと試しにサンプラー演奏してもらっていいですか?(客がサンプラーのボタンを押すのを見て)うわー、やっぱり違うなあ!普通《4番》押さないですよね〜ッ!僕なんて考えたこともなかったなあ!(4番を小刻みに連打しながら)そうかあ、《4番》……《4番》かあ!いや、ホント、根本的に才能が違うんだろうな〜!……そう、これが接待ゴルフから着想を得た、全く新しいセッションのネクストステージ、その名も《接待セッション》だ!」
 「それでは次の楽曲に。えー前衛オペラ……そう、僕はこれまでも数多くの極めて演劇的な音楽作品を制作してきたのですが、今回も、この、極めて演劇的、そして前衛的なオペラ作品を皆さんに提示したいと考えている。その名もファストオペラ。音楽のジャンルでファストコアという、一曲が1〜20秒くらいの異常な短さで終わってしまうジャンルがありますが、そのファストコアをオペラに援用してみようという楽曲です……いや、ファストオペラやめておこうかな。やっぱり、ローワーケースオペラにしましょう。ローワーケースサウンドという、極めて微音、そして音と音の間が極めて長い音楽作品がありますが、その要素を援用したオペラ作品、それがローワーケースオペラです。(会場内を右往左往しながら)いや、これもやめておこうかな。やっぱやろうかな。ファストオペラとローワーケースオペラを掛けてみるか、ローワーケース×ファストオペラ……いや、違うな。おっと、いま僕がモタついているでしょう。しかし、このモタつきは現代音楽でいうところの間、楽譜上では休符にあたりますし、僕もそのようにアプローチしているわけだからそう捉えてほしい。とりあえずローワーケースオペラ、やりましょう」
 「(ささやくような声で一語一語間をおいて)私の名前は……猪俣……猪三郎……接待セッションを……演奏し続けてきて……今年で……十年目になる……(客にドラムスティックを差し向けて)セッション……しませんか……?ありがとうございます……(客がドラムを叩くのを見て)いやあ……すごいなっ……手首の……スナップが……違うんだろうなっ……(声を普通に戻して)あの、聴こえてますか?ローワーケースオペラなんでね、極めて微音、そして“間”をかなり重視して演奏してしますけども……ローワーケースオペラちょっとやりにくいな。“イントネーションが変なオペラ”に変えます。(トチ狂ったイントネーションと表情で)オレは、接待セッションをもう十年も続けている。普段接待ゴルフで疲れている若い人たちに、接待される喜びを味わってもらい、楽しい気分になって帰っていただく……案外、難しいんですよ。もう、十年間接待セッションをしていて、来週、十周年記念イベントを開催しようと思っているんです。接待セッションか……もう、十年もこの作品を演奏し続けているけど、この接待セッションには果たして意味があったのだろうか。本当にこのままでいいのだろうか。俺が接待セッションをやっている今、この瞬間も、世界では大変なことが起こっているというのに……。一方、そのころ――『うーん、なんじゃこのフライヤーは。なになに?《接待セッションのパイオニア猪俣猪三郎十周年記念イベント》だと?ふざけやがって!こいつがこんなことをしている間にも世界では大変なことが起こっているというのに、接待セッションで十周年だと?馬鹿にしてやがる!』『でもさ、この接待セッションって、ちょっと気にならないか?少しだけ見てみたいと思わないか?』『お前は何を言ってるんだ。俺達がいまこうしている間にもな、世界では色々と大変なことが起こっているんだよ。そして、俺達は青年海外協力隊に入ってボランティア活動をしなければならない!おい、いつまでもそんなフライヤー見てんじゃねえ、行くぞ!』――一週間後。皆さん!今日は私、猪俣猪三郎の接待セッション十周年企画にご来場くださいまして、真にありがとうございます!お客様は、あんまり来ていないみたいですが、今日は私の十周年企画ということで、精一杯、全力で接待をしていこうと思っています。接待、受けませんか?ありがとうございます。(客が叩くタンバリンの音を聴いて)いやあ、すごいなあ!やっぱり音が違うなあ!手首が違うんだろうなあ!ちょっと、合わせてみてもいいですか?いや、やっぱりやめておきます!こんな完璧な演奏を前にしたら、僕の演奏なんて恥ずかしくてとても!いやあ、素晴らしいなあ、ホラ、ホラ、踊りだしちゃいますもん。『おい、あいつ、本当に十周年イベントとか言って接待セッションしてやがるぜ。やめろやめろ!接待セッションなんてやめるんだ』なんですかあなたたちは。『俺達はお前のその接待セッションを妨害しに来たんだ』なんですって!『いいか、お前がそうやって接待セッションをしている間にもな、世界では大変なことが次から次へと起こっているんだよ。お前の接待セッションはそれの役に立っているのか?はっきり言ってな、お前のやっていることは、無意味なんだよ!』そ、そんな……が〜ん、“ハートブレイク”です!わかりました……今日はイベントを終電までやるつもりでしたが、もうやめようと思います。お客さんも、友達が一人だけ来ただけですしね……でも、これ、結構、難しいんですよ、接待セッション……十周年だったんですけどね……今日はどうもありがとうございました……イベントの方、これで〆させていただきます……『(ドアを開け放ちながら)猪俣!来たよ!仕事が長引いて遅れてしまったけど、お前の十周年だもんな!さあ、接待してくれよ!』おまえは、吉野川くんか。残念だけど、イベントはたった今終わってしまったんだ。『おいおい、どういうことだよ。今日は会場の時間いっぱいを使って夜まで接待セッションするって言ってただろ?仕事を急いで片付けて、接待を受けに来たんだ!お前の接待セッションをすごく楽しみにしてきたんだよ!』吉野川くん……『(タンバリンを持って)ほら、どうだ?オレのタンバリンどうなんだよ?』吉野川くん……(一気にテンションを上げて)いやー、すごいな!音が違うよ!ホッホッホッホッ!思わず声が出ちゃいますもんねー!タンバリン、やってらっしゃったんですか?いやー、初めてとは思えないなあ!」
 オペラが一旦中断。段ボールに『女性専用車両ってあるよね、女性専用車両って言うけど、子供も乗れるっしょ。あれ、一体どうなっちゃってるわけ。子供は女性なのかっちゅう話よ』と書き付ける。客にペンを渡し、助詞の部分を書き換えて少しだけリリックの意味を変えるように指示する。『女性専用車両があるよね、女性専用車両って言う割に、子供に乗れるっしょ。あれ、一体どうなっちゃってるわけ。子供を女性なのかっちゅう話よ』という風に些細な改変がなされ、それを川染喜弘がラップする。
 「ここでオペラを再開しようと思います。さっきやらなかったファストオペラで、第2話から第20話まで一気に見てみましょう。(すばやい動きと一瞬の叫びで)第2話、(すばやい動きと一瞬の叫びで)第3話、(すばやい動きと一瞬の叫びで)第4話、(すばやい動きと一瞬の叫びで)第5話……(という風に繰り返していきながら、15話あたりで)ここで、カット&ペーストいたしまして、16話〜49話というものをとりあえずカットして、一気に50話まで行ってしまいましょう。で、このオペラは第100話まであるんですが、その89話を50話にペーストして一つの話にし、全99話にしていまいましょう。で、50話の終わりに第1話――先ほどの接待セッションの話ですね――を繋げることにしましょう。第50話――『お前は、あの時の!』あの時、というのは31話のときですね『そうさ。あの時の恨み、ここで晴らさせてもらうぜ。こいつをつかってな』『あっ、あれは第26話に出てきた……お前が持っていたのか!』『そうさ、食らえ、あの時(第18話)の恨み!』(そこに、一匹の犬が走りこんできて)『キャインキャインキャイン!』『あ、ああーっ、あれは第43話に出てきたことで既に観客にはお馴染みの、ワン太夫さんじゃないか!あ、あぶな〜い!』(第26話に登場したとされる秘密のアイテムがワン太夫に直撃し、ワン太夫が瀕死の状態になる)『ワン太夫さん!大丈夫ですか!』『いや、もうダメだワン。ところでお前に渡したい重大なメッセージがあるんだワン。このメッセージには28話で明るみになったあの事件の秘密が隠されているのだワン』『あの時(第47話)ワン太夫さんがいなくなったのはそういうことだったのか……このメッセージを届けるために……』さて、このワン太夫さんが命がけで届けてくれたメッセージを、会場内にある適当な言葉をサンプリングして全く違うリリックにしてしまいましょう。(段ボールを手にとって)茨城……メモリー……『ワン太夫さんの残してくれたメッセージ……“茨城メモリー”!一体何のことだ?』『おい、そこのお前、自分の使命を忘れているらしいな』『おれの使命?』『忘れたのか?ほら、19話で……』彼の使命もサンプリングしてしまいましょう。(DVテープのラベルを見ながら)幼児の手の届かないところに保管してください……『いいか、お前の使命は“幼児の手の届かないところに保管する”だ!』『そうだったのか、ありがとう!38話の人!』私の名前は猪俣猪三郎、接待セッションをもう十年続けている……(と、ここで第一話に戻る)」
 残り時間二分、コンクリートの欠片を演奏してミュージックコンクリートを作成し、ライブ終了。


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