12月9日 高円寺円盤
 マラカスをビートにしてライブ開始。
「どうも、川染喜弘だ。かなりテンパってる感じだけど、少々前置きをさせていただこう。これから約一時間にわたって展開されるライブ、このライブにユーモア表現が、多く用いられるかもしれない。なぜおれがライブにユーモアの要素を持ち込むのか?お前たちは、幼少のころ、子供向けのくだらない漫画で大笑いしたことはないか?くだらない漫画本を読みーの、カール食いーの、笑いーの、たまに自分のタイミングで寝て、起きたらまたくだらない漫画読みーの…そしたら、何かわからないけどくだらない漫画を読んでいたはずなのに、突然ホロッと涙流しーの、くだらない漫画から何か、大切な“何か”を受け取っていた、そんな経験はなかっただろうか?おれのライブも、そういうことなんだ、同じスピリットが込められている。これから巻き起こるライブ、おれが一分一秒つねに命がけだということを忘れるな!オッケー、じゃあ、ちょっと嬉しかった話をしようか。この前、カメラマンの助手みたいな仕事をしてきたんだけど、そのモデルが、名前は伏せるけども超有名人だったわけよ。それで、アマチュアカメラマンなのかね、彼も、撮影する側も緊張しまくってて、落ち着きなくアシスタントに指示とか出してその有名人が来るのをガチガチになりながら待ってたわけよ。で、超有名人が到着して、撮影が始まるよね。それで、超有名人は(ポージングしながら)こんなんやったり(ポージングしながら)こんなだったり、で、おれもそれを見て『おお、、やっぱりかっけーなー』とか思ってたんだけど、ふとカメラマン見たら、そう、さっきまでガチガチだったカメラマン見たら(身をかがめてカメラを構える動き&真剣な表情で)これモンなわけよ。うおおお、って思って、そいつのスピリットにバイブレーション感じたよね!傍から見たら主役はモデルの超有名人かもしれないけど、(身をかがめてカメラを構える動き&真剣な表情で)こいつだって同じくらい輝いてるわけよ!撮影が終わって、『今日はお疲れ様でした』『ありがとう』と有名人がカメラマンと握手よ、ちょっとやってみようか(といって、客と握手し、客に『今日はお疲れ様でした』と言われ)『ありがとう』(颯爽と去っていく)。で、有名人が去っていったあと、(身をかがめてカメラを構える動き&真剣な表情で)こいつはどうなったと思う?(その場に倒れこんで数秒動かなくなり、ややあって目を見開いて)これよ。おれはそいつのスピリットに感動したよね。そうなんだ、人生には様々な逆境や不条理が襲い掛かってくる。そこで受けた苦痛や負の感情を、自分や人に危害を与える形で出しちゃダメなんだ、それは自分のやっている活動の中で全力で昇華していかなくちゃいけない。やっている活動がない、見つからないのなら、それを見つけていくその過程にすべてを注ぎ込めばいいんだ。このライブもそうだ、これを演じているオレも一分一秒命がけだが、それを見る皆様の視線も(身をかがめてカメラを構える動き&真剣な表情で)こいつと同じくらいであってほしい、能動的に感受していってほしい。そして、おれの提唱する全く新しい芸術の新概念を皆様にお伝えしよう。その名も『マイクロスコープアート』だ!顕微鏡を覗いてみろ、顕微鏡を覗いてみろ、顕微鏡の中には壮大な宇宙が広がっている。限りなく小さなもの中にこそ壮大な宇宙が――もちろん、壮大な宇宙にも宇宙は存在しているのだが――限りなく小さなものの中にもまた壮大な宇宙が広がっているのだ、それがこの川染喜弘が提唱する芸術の新概念『マイクロスコープアート』だ、全力で感受していけ、オッケー行こう!」
「前説がやや長くなったが、次の作品に行こう。次の作品は相当難しい、複雑極まるコンセプトを持ったコンポジションなのだけど、二つのコンセプト作品を同時に、ミキサーの中にいれてかき混ぜるようにして同時に展開していこうじゃないか。まず一つ目のコンセプトから説明していこう。一つ目は、そう、今日はここに集まってくださったみなさまに宇宙に旅立ってもらい、地球ではない星の音楽を体験してもらいます。地球ではない星はあるのか?あるんです、そして、その星では地球とは違う概念・美学のもと音楽が演奏されている。一体宇宙の果てにはどんな音楽があるのか?(リュックサックを背負って天真爛漫に)さあ、出発しよう、音の宇宙旅行に!そして、もう一つのコンセプトは、極めて前衛的なオペラ作品を利用したコラージュミュージックです。これは一体どういうことかと言いますと、これからライブ中に様々な具体音をかき鳴らしてその音を録音し、リアルタイムでコラージュミュージックを制作していくわけですが、その一音一音にストーリーを添付していこうと、そういった試みであります。そして、ライブのラストにコラージュミュージックを再生し、みんなで思い出に浸ろう、と。そういう作品になっています。たとえば(といって、とげとげのついたゴム製のボールを取り出し)ヘイユー!カモン!ジスイズスペクタクルキューブ!(中断して)えー、自分は英語がまったくできません。しかし、今回のオペラは英語を使って展開していきます。英語という使い慣れない言語を使うことによって、自身の表現の幅を狭くしていく、という目的も、また、込められているわけです。オッケー、ヘイ、ヘイユー!スペクタクルキューブ!(ピアノの蓋をあけて)プレイピアーノ!プレイピアーノ!(ピアノを演奏し)オウ、サウンドクール!(ゴムボールを手渡す動きをして)チップ!オウ、サンキュー!(ゴムボールのトゲ部分にむしゃぶりつく音をテープレコーダーに録音する)オッケー。これで、この音を聴くときは『あ、あのときの、ピアノ演奏のチップの…』というストーリーとともに思い出せるというわけ。(機材袋から、トゲトゲのついた巨大なボールの空気が入ってないものを取り出し、腹にあてて)ヘイ!パンチ!サンドバッグ!(自身の拳で腹にパンチを入れ、その音を録音)オウ、カモン、カモン、オウ、アウチ、オウ、ノーダメージ!パンチ!カモン!(目をつぶって突然黙り込み、ややあって)メディテーション…」
客の携帯が鳴る音に川染喜弘が驚き、その音を改めて鳴らしてもらってテープに録音する。さらに、その驚いた様子をも過呼吸で表現。牛乳瓶に口をあてて過呼吸の音を鳴らす(数分間、地面に横になって呼吸困難になる演奏が続く)。
「(発泡スチロールを手にとって)フィッシュ!フィッシュフィッシュフィッシュ!(片言で)ハマッチ!イワシ!アユ!サンマ!フィッシュ!フィッシュ!(八方スチロールに齧りつき、その音を録音する)オウ!フィッシュ!ハマチ!イワシ!アユ!サンマ!フィッシュ!(口の中の発砲スチロールを噴出しながら)ノー!ジスイズノットフィッシュ!フィッシュ!ハマチ!アユ!」
 ここでもう一つのコンセプトである『音の宇宙旅行』が置き去りになっていることを唐突に思い出す。
「それでは最初の星に行こう。ここでは一体どんな音楽があるのか?(巨大なバネを床にバウンドさせながら)こういう音楽は、まあ地球にもあるよね。極めて小さいシーンだけど、確かに存在するだろう。そして、こういう音楽である場合、評価の基準はこの出ているサウンドだと思うんだけど、この星では違う。この星では『演奏中に何回はにかんだのか』これが評価基準です。あ、じゃあこちらのお客様、このお客様には一人だけ地球人になって頂いて、それ以外のお客様はこの星の住民としてライブを楽しんでもらいましょう。みなさんは僕がはにかんだらそのとき大いに盛り上がっていただけたらと思います。(バネを演奏して、たまにはにかむ。はにかんだ瞬間、拍手喝采。しかめっ面になった途端観客の盛り上がりが消え去るという演奏をしばらく展開する)どうもありがとうございました。(地球人としての役割を与えられていた客に)どうですか?まったく意味がわからなかったでしょう。でもこの星ではこれが正しい音楽鑑賞スタイルになっているんだ。じゃあ次の星に行ってみようか。(機材袋から筋トレで使用するゴムを取り出し、そのゴムにピックアップを装着、弾く音をアンプリファイする)まあ、こういう音楽があるとして、地球であったらこのアンプから出力される音を聴くと思うんですが、(携帯電話から『メールが届きました』という音を出しながら)この星では《演奏中に何回メールが届いたか》これが判断基準となります。(ゴムを弾きながら、携帯をたまに操作して『メールが届きました』という音を出す演奏を展開)ありがとうございました。で、ライブ終了後は『いやー、今日の演奏、めっちゃメール届いてましたね!』という会話がなされるわけです。また、書店にいけば、『メールが届きました』に関する音楽理論の本や、この基準に基づいた音楽批評が大量に載っている書籍などが販売されているのです。そういう星なのだから。もちろん『あいつは演奏中、知り合いにメールを送らせている』といった批判も成り立つわけです。この星のパンクスをお見せいたしましょう。(直立不動になって客を睨みつけながら、『メールが届きました』というボタンを自ら押し続ける)こいつは相当アナーキーですよ。『電話が鳴ってます』という音しか出せない奴は演奏が下手とみなされます。こいつはどうしても設定が直せないんですね。だからセッションしようとしても、他のメンバーが『メールが届きました』という音を出しているのに、『電話が鳴っています』という着信音ばかり鳴らしてしまう…」
その後、「やはり地球の概念に戻ろう、地球の概念が最高だ!」といって、機材袋から大量の道具を取り出して、それらを乱雑に演奏し、人力コラージュミュージックをテープに録音していく。「机の中にパンが入ってた奴いたけどあれなんなのよ」というラップを何度も反復する。そうこうしているうちにライブ終了時間に近づき、思い出つきテープコラージュを再生する時間がギリギリになる。テープを巻き戻しながら「チェスオペラ」というこの日もう一つ演奏する予定だった前衛的オペラ作品を一分に凝縮したバージョンを実演する。テープを再生しながら、「あっ、これはピアノの演奏のチップとしてスペクタクルキューブを貰った時の音ですね!」とか「これはあれですよ、魚屋で発砲スチロール食べたときの、あのときの…!」と、一つ一つの具体音に解説をいれていきながら、急ぎ足でライブが終了する。



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